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市民が主役

惰学記


越後獅子の唄

 昔の読み仮名が「ゑ」または「ゑ」で始まる漢字には絵、画、慧、恵、会、回、餌、酔、衛、怨、嘔、円、遠、淵、越などがある。中でも「越」は地名に登場する*1ので、曲名になることが多い。その中から、これまで、番外も含め68回も「いろは歌シリーズ」を書いてきたのに未登場の「昭和」を代表する歌手・美空ひばりの「越後獅子の唄」を選んだ。
 ひばりの公式ウェブサイト*2などによると、彼女のレコードデビューは1949(昭和24)年の秋だから、まだ12歳の時である。以後彼女が亡くなる89年6月までの40年間に吹き込んだ曲は1160曲もあるそうだ。ウィキペディアには、ひばりの主なシングル曲として31曲がリストアップ*3されているが、「越後獅子の唄」はもちろんその中に入っている。
 この曲は1950年末の発売で、翌年正月の松竹映画「とんぼ返り道中」の主題歌だった。ひばりは高田浩吉、 宮城千賀子、川田晴久、堺駿二らとともにこの映画に「角兵衛獅子」役で出演していた。角兵衛獅子というのは、子供が曲芸のような獅子舞を舞う大道芸で、越後の西蒲原郡月潟村(現在の新潟市南区)が発祥とされており、「越後獅子」とも呼ばれていた。江戸時代、曲芸を演じる子供の大半は、身寄りのない孤児や口減らしのために売られた悲しい境遇で、13歳のひばりの哀感を込めた歌唱に多くの人が感動したようだ。
 同じ1951年アラカンこと嵐寛寿郎主演の「鞍馬天狗 角兵衛獅子*4」という作品も制作され、ひばりはこの映画に杉作役!で出演した。元々角兵衛獅子の杉作が鞍馬天狗に命を救われて行動を共にすることになったいきさつが描かれている。もちろん主題歌はひばりの歌で、こちらは「角兵衛獅子の唄」と紛らわしい*5が、あまりヒットしなかったようだ。
 小学生のころ巡回映画というのがあった。紙芝居の大型みたいに野外上映されるのだが、その1本に角兵衛獅子が出てきた。どちらの映画だったかは残念ながら覚えていない。

*1 越前、越中、越後は、旧仮名遣いでは「ゑちぜん」「ゑっちゅう」「ゑちご」である。
*2 http://www.misorahibari.com/intro.htmlを開くと、ひばりが英語で歌うスターダストが流れるので度肝を抜かれるが、それがまたうまいので感心させられる。
*3 31曲のうち3曲はひばり没後に商品化されたものなので除外し、残る28曲は以下の通り。(カッコは発売年、丸が込み数字がついている曲は日本コロンビア調べによる売り上げベスト10曲で、数字はその順位)河童ブギウギ、悲しき口笛I(1949年)、東京キッドH、越後獅子の唄(50年)、あの丘越えて(51年)、お祭りマンボ、津軽のふるさと、リンゴ追分D(52年)、波止場だよお父つぁんG(56年)、港町十三番地F(57年)、車屋さん(58年)、哀愁波止場(60年)、ひばりの佐渡情話(62年)、哀愁出船(63年)、柔@(64年)、悲しい酒B(66年)、真赤な太陽C、芸道一代(67年)、むらさきの夜明け(68年)、人生一路(70年)、ある女の詩(72年)、お前に惚れた(80年)、裏町酒場(82年)、しのぶ(85年)、愛燦燦(86年)、みだれ髪E(87年)、川の流れのようにA(89年)
*4 「鞍馬天狗 角兵衛獅子」は戦前に2度映画化されており、1951年版は3度目の映画化となる。
*5 「越後獅子の唄」「角兵衛獅子の唄」ともに西条八十作詞、万城目正作曲である。


<旧仮名遣いなら曲名が「ゑ」で始まることになる曲>酔いどれ女の流れ歌(森本和子)、酔いどれかぐや姫(かぐや姫)、酔いどれて(桂銀淑)、笑顔の予感(雛形あきこ)、笑顔の行方(ドリカム)、越前岬(美空ひばり)、越中おわら節(民謡)、越冬つばめ(森昌子)、絵はがき坂(さだまさし)、絵本の中で(いしだあゆみ)




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