明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


美・サイレント

 今や「伝説の歌手」といっても過言でない山口百恵のことは惰学記の数シリーズで2回書いた*1が、「いろは歌シリーズ」にもぜひ登場させたくて、「美・サイレント」を選んだ。
 彼女が20歳を迎えてすぐ*2の79年3月にリリースされた25枚目のシングルで、前作「いい日旅立ち」は彼女にとって初の谷村新司作詞作曲作品だったが、この曲は再び「横須賀ストーリー」以来の「本流」である阿木燿子・宇崎竜童夫妻コンビに戻っている。
 今から考えると不思議だが、山口百恵が7年半の歌手生活で出した32枚のシングルで、オリコンチャート1位になったのは7枚目の「冬の色」、13枚目の「横須賀ストーリー」、14枚目の「パールカラーにゆれて」、17枚目の「夢先案内人」の4つだけで、彼女の代表曲と言われた「ひと夏の経験」「イミテイション・ゴールド」「秋桜」「プレイバックPart2」「いい日旅立ち」「ロックンロール・ウィドウ」、そして引退記念盤というべき「さよならの向う側」はいずれも1位になっていない。この「美・サイレント」も4位が最高だった。
 B面は同じコンビの「曼珠沙華(マンジューシャカ)」*3だが、この曲は前年12月に出た彼女16枚目のオリジナルアルバム*4「曼珠沙華」のテーマ曲をカットしたものだ。「曼珠沙華」は、当時レコードでもテレビでも何度も聞いたが、彼女の歌唱力を如何なく示す名曲である。百恵の「隠れた代表曲」*5とされているそうだが、私も全く同感である。
 話を「美・サイレント」に戻す。ご存知の通りこの曲の歌詞には2ヵ所「伏せ字」がある。前段の歌詞が続いたあとに「Be silent」が4回繰り返され、サワリ部分に入ってすぐ「あなたの○○○○が欲しいのです 燃えてる××××が好きだから*6」と「サイレント」が入るのだが、当時、この伏せ字部分を百恵が少しだけ口を動かして歌うのが色っぽくてしびれたものだ。○○は「情熱」、××は「ときめき」が通説だが、真相は不明である。
 
*1 第1回の「一期一会」と100回の「百恵」の2度である。
*2 彼女は1959(昭和34)年1月17日が誕生日である。
*3 一般的には「曼珠沙華」は彼岸花の別名で、「マンジュシャゲ」と読まれるが、この曲の「曼珠沙華」は仏教語で、天上に咲くとされる赤い花の意味で使われており、「マンジューシャカ」と読む。
*4 このアルバムには「いい日旅立ち」も収められた。
*5 ウィキペディアにはこのように記されている。
*6 2番の歌詞は「あなたの○○○○が欲しいのです 生きてる××××が見たいから」となっており、こちらは○○が「ひととき」、××が「まごころ」といわれる。
 
<曲名が「び」で始まる主な歌>ビーチタイム(TUBE)、ビードロ恋細工(高田みづえ)、ビキニスタイルのお嬢さん(坂本九など)、美・サイレント(山口百恵)、眉山(さだまさし)、美人薄命(アン・ルイス)、ビスケット(YUKI)、微熱(川本真琴)、美貌の都(郷ひろみ)、美貌の都(宝田明)、白夜〜byaku-ya〜(THE ALFEE)、ビューティフル・ヨコハマ(平山三紀)、ビューティフル・サンデー(田中星児)、ビューティフル・ネーム(ゴダイゴ)、ビリーヴ(由紀さおりなど)、琵琶湖哀歌(東海林太郎&小笠原美都子)、琵琶湖周航の歌(加藤登紀子など)



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