明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



惰学記




セカンド・ラブ

 中森明菜のことを一度は書いておきたいと思っていたが、「いろは」の終わり近い「せ」でチャンスがめぐってきた。最近は健康を害し、ほとんど引退状態の彼女だが、「花の82年組」の中でも一頭抜きん出た形でスター街道を走り、「偉そうだ」とか「マネジャーを何人も首にした」といった陰口をものともせずヒット曲を出し続け、あっという間に2年先輩の松田聖子*1と肩を並べる存在となったのは彼女の実力とパワーのなせる業だろう。
 その明菜でさえ、5月発売のデビュー曲の「スローモーション」はオリコン30位が最高だった。来生えつこ、来生たかお姉弟が作詞作曲したなかなかの名曲だったのに、である。しかし、7月末発売の2曲目の「少女A」(売野雅勇作詞、芹沢廣明作曲)が強烈で、曲のイメージと、彼女のツッパリ少女ぶりが見事にマッチしてオリコン5位まで上昇、中森明菜という名前を広く印象付けた。そして11月、デビュー曲と同じ来生姉弟作詞作曲でリリースされたのが「セカンド・ラブ」である。「少女A」とは打って変わったバラードで、失恋から立ち直り、新しい恋と向き合う少女の気持ちを切々と歌い上げ、オリコン初登場2位、2週目に1位を獲得してTBS系の「ザ・ベストテン」では8週連続1位となった*2。
 ところが彼女は82年のレコード大賞新人賞レースでは最優秀新人はおろか、5組の優秀賞にも入れなかった。強力な新人が数多くデビューしたのは確かだが、最優秀新人賞のシブがき隊、新人賞の石川秀美、早見優、堀ちえみ、松本伊代より明菜の方がどう見ても82年の実績は上だったのに、なぜこんな結果になったのか。同じ年、もう一人の「スター誕生」出身新人・小泉今日子もレコ大新人賞に選ばれなかった*3のを見ると、TBS系の「レコ大」が日テレ系の「スタ誕」出身者を嫌ったという構図が見える。「スタ誕」人気が落ちてきた時代*4だったので、「レコ大」がスタ誕つぶしに動いたという見方もうなずける。
 
*1 松田聖子の歌手デビューは80年4月なので、明菜はデビュー年で2つ後輩となる。誕生日は聖子が1962年3月10日、明菜が65年7月13日なので、学年では4つ下ということになる。
*2 実は「少女A」も「セカンド・ラブ」も私のお気に入りで、85年ごろからカラオケで何度も歌ったことがある。83年の「1/2の神話」「禁区」「北ウイング」「サザン・ウインド」、84年の「十戒」「飾りじゃないのよ涙は」「ミ・アモーレ」あたりまではまあまあ歌いやすい曲が多く、一時はカラオケスナックなどで女性が歌っている曲がほとんど明菜の歌という時代もあったが、以後は歌いにくい曲が増えた印象がある。
*3 小泉今日子は81年3月の決戦大会(谷隼人とタモリが司会)で合格した。明菜は「スター誕生」のテレビ予選で2度落選し、81年夏、坂本九が「スタ誕」の司会になってから「3度目の正直」で合格した。小泉も明菜も82年の歌謡大賞、日本有線大賞、FNS歌謡祭、横浜音楽祭、全日本歌謡音楽祭、日本テレビ音楽祭など当時林立していた「レコ大」以外の新人賞はほとんど受賞またはノミネートされており、レコ大だけが「カヤの外」だった。
*4 80年4月に萩本欽一が司会を降りて以後「スタ誕」人気は、谷隼人・タモリ司会時代、坂本九・石野真子司会時代と、だんだん落ちていった。そして82年から番組終了の83年9月末までの西川きよし(+横山やすし)司会時代に「花の82年組」の新人賞レースがあったわけで、「レコ大」の審査員に「もうスタ誕の時代じゃないよ」という意識があったことは十分考えられる。「スタ誕」の呪縛がなくなってからの明菜は83年「ゴールデンアイドル特別賞」、84年「最優秀スター賞」と「レコ大」のスペシャルな賞を受賞し続け、85〜86年の2年連続大賞という女性歌手で初の快挙を成し遂げた。なお、後に安室奈美恵が96〜97年の2年連続、浜崎あゆみが01〜03年の3年連続で受賞している。ちなみに、2回以上受賞歌手は、橋幸夫(62年「いつでも夢を(with吉永小百合)」、66年「霧氷」)、○細川たかし(82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」)、五木ひろし(73年「夜空」、84年「長良川艶歌」)、○中森明菜(85年「ミ・アモーレ(Meu amor e・・・)」、86年「DESIRE ―情熱―」)、○安室奈美恵(96年「Don't wanna cry」、97年「CAN YOU CELEBRATE?」)、◎浜崎あゆみ(01年「Dearest」、02年「Voyage」、03年「No way to say」)、Mr.Chirldren(94年「innocent world」、04年「Sign」)、◎EXILE(08年「Ti Amo」、09年「Someday」、10年「I Wish For You」)の8組(2011年末現在)である。○印の3人が連続受賞、◎の2組が3連続受賞している。
 
<曲名が「せ」で始まる歌>青春アミーゴ(修二と彰)、青春時代(トップギャラン)、青春U(松山千春)、青春サイクリング(小坂一也)、青春の影(チューリップ)、青春の城下町(梶光夫)、青年の樹(三浦洸一)、青年は荒野をめざす(フォーク・クルセダーズ)、セーラー服を脱がさないで(おニャン子クラブ)、セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子)、世界中の誰よりきっと(中山美穂&WANDS)、世界でいちばん熱い夏(プリンセス・プリンセス)、世界に一つだけの花(SMAP)、世界の国からこんにちは(三波春夫、坂本九など)、世界は二人のために(佐良直美)、赤色エレジー(あがた森魚)、赤道小町ドキッ(山下久美子)、惜別のうた(学生歌)、セクシー・ナイト(三原順子)、セクシャルバイオレットNo1(桑名正博)、セクシー・バスストップ(浅野ゆう子)、セクシー・ユー(郷ひろみ=モンローウォーク)、雪中花(伍代夏子)、瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)、背広姿の渡り鳥(佐川満男)、戦士の休息(町田義人)、泉州春木港(鳥羽一郎)




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