明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



惰学記




全部だきしめて

 芦屋市出身の堂本光一、奈良市出身の堂本剛という同姓のコンビがジャニーズ事務所初の関西出身アイドルとしてテレビやアイドル雑誌に登場するようになったのは1992年のことだが、KinKi Kids(Kはすべて大文字)という名前がついたのは93年4月である*1。
 男声デュオとしてのCDデビューは97年7月で、最初はバラエティ系番組の出演が多かった気がするが、94年の大晦日に日本武道館でファーストコンサートを開いており、以後、CDも出さないまま各地でコンサート活動し、96年秋にはテレビのレギュラーが5本もスタートするなどブレークが始まっていた。その年の紅白歌合戦にも「顔出し」*2した。
 デビューシングルは「硝子の少年」(松本隆作詞、山下達郎作曲)で、オリコンのシングルチャート初登場第1位を獲得。以後今年1月に出した32枚のシングルまで、すべてが初登場第1位になっている。シングル週間1位獲得曲数では、B’zの43曲が最高で、2位が浜崎あゆみ(37曲)、3位が嵐(33曲)、KinKi Kidsは4位*3だが、初登場1位連続獲得ランクとなるとB’z(5曲目の「太陽のKomachi Angel」から43曲)に次いでKinKi Kidsが2位だ。特に、KinKi Kidsの場合はデビュー曲からすべてというのが特筆点である。ちなみに嵐は12曲目の「PIKA★★NCHI DOUBLE」から最新曲まで26曲連続初登場1位だ。
 さて、「全部だきしめて」である。98年7月29日発売のこの曲は、80年から90年代後半にかけてJ-POP系の大ヒット曲を多数作った康珍化*4が作詞し、吉田拓郎が作曲した。拓郎は、フジテレビ系の「LOVE LOVE愛してる*5」でKinKi Kidsと共演しており、この曲はその番組のテーマ曲で、拓郎自身が歌ったアルバムにも収録されている。KinKi Kidsのシングルは、発売開始から4週連続で首位を占め、ミリオンセラーを達成。吉田拓郎が他のアーティストに提供した曲としては75年の「我が良き友よ」以来の1位作品となった。
 
*1 以下の記述も含め、すべてウィキペディアを参考にした。
*2 近藤真彦の「ミッドナイト・シャッフル」の冒頭部分を2人が歌うという形で登場した。この他、彼らはCDデビュー前の92年の紅白にSMAPのバックで出演、99年の50回にもゲスト出演して「フラワー」を歌ったが、不思議なことに、正式には1度も紅白に出場していない。
*3 5位はMr.Childrenで30曲、6位は松田聖子の25曲、7位は24曲のSMAP、8位に23曲のGLAY、V6が並び、10位は中森明菜とL’Arc~en~Cielの21曲である。
*4 康珍化の主なヒット作は杏里「悲しみがとまらない」、岩崎良美「タッチ」、上田正樹「悲しい色やね」、菊池桃子「もう逢えないかもしれない」、小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」「まっ赤な女の子」「渚のはいから人魚」「艶姿ナミダ娘」、郷ひろみ「言えないよ」「GOLDFINGER’99」、島谷ひとみ「パピヨン」、少年隊「君だけに」、高橋真梨子「桃色吐息」、チェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」、中森明菜「ミ・アモーレ」「北ウイング」、中山美穂「Witches」、原田知世「愛情物語」、南野陽子「涙はどこへ行ったの」、三好鉄生「涙をふいて」、山下久美子「バスルームから愛をこめて」など。
*5 96年10月から01年3月まで続いた音楽バラエティ番組。
 
※曲名が「ぜ」で始まる歌は少ないが、舟木一夫の歌がなぜか2曲もある。主なものは以下の通りだ。ゼッケンNo1 スタートだ(橋幸夫)、絶唱、銭形平次(舟木一夫)、絶対運命黙示録(アニメ挿入歌)、絶体絶命(山口百恵)、絶望と希望(川嶋あい)、前略おふくろ(萩原健一)




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