明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



惰学記




Crying In A Storm(涙の太陽)

 何度もリバイバルされ、カバーのシングルが発売された曲というと、私は「涙の太陽」がまず浮かぶ。エミー・ジャクソンのオリジナル盤は「涙の太陽/Crying In A Storm」となっており、歌詞も英語で、日本コロムビアの洋楽レーベルだったCBSから1965(昭和40)年4月20日に発売された。私は大学入学直後の失恋時代で、印象が強烈だった。
 実はこの曲は「偽装洋盤」で、完全な和製ポップスである。エミー・ジャクソンは当時、横浜のカトリック系学校を出たばかりの18歳で、本名は深津エミ。父方の祖父が英国人というクオーターで、英国生まれの日本育ちだが、日本語は話せても文字は全く読めなかったそうだ*1。ラジオのディスクジョッキーをやっていた音楽評論家湯川れい子に認められて番組のアシスタントになり、この曲で歌手デビューした。英語の作詞者は、ジャケットにはR.H.Riversとあるが、「R・ホット・リバーズ」とは即ち湯川れい子のことである。
 さて、最初のカバー者は青山ミチで、エミー・ジャクソンの1ヵ月後に日本語の歌詞(やはり湯川れい子作詞)でリリースしている。いわば湯川の1人2役で英語と日本語の競作となったわけである。それから8年後の1973年に安西マリアのカバー盤が登場、この年は金井克子「他人の関係」、夏木マリ「絹の靴下」などフィンガーアクションの曲が当たったが、「涙の太陽」も安西のフィンガーアクションで50万枚以上の大ヒットとなった。
 さらに16年後の89年には、今では女優として活躍する田中美奈子がデビュー曲としてリリースして話題になった。21世紀に入り、カネボウ化粧品「アリィー」のCMに使われるようになり、04年にはつんく♂プロデュースの「メロン記念日」が、05年には川本真琴が歌っている*2。アルバムでは、B'zの松本孝弘プロデュースのアルバム「THE HIT PARADE」(03年)で愛内里菜がカバー、渡辺美里は05年の「うたの木seasons夏」に収録した。
 
*1 文中敬称略。この辺の情報は復刻CDのジャケットの引用で、「60年代通信」というブログから孫引きした。
*2 「メロン記念日」はつんくプロデュースの女性4人グループ、CMで歌った「涙の太陽」をシングルCDでリリースしている。川本真琴が歌ったものはCD化されていない。
 
※曲名が「C」で始まる歌(原則として洋楽は省きます)
C(中山美穂)、Calling(B'z)、Candy Candy(きゃりーぱみゅぱみゅ)、Can't forget your love(倉木麻衣)、Can't Stop Fallin' in Love(globe)、Can't Stop!! −LOVING−(SMAP)、CAN YOU CELEBRATE?、Chase the Chance(安室奈美恵)、Can You Keep A Secret?、COLORS(宇多田ヒカル)、Can We Go Back、Cherry Girl(倖田來未)、CAROLS(浜崎あゆみ)、Carry On、Choo Choo TRAIN(EXILE)、CAT’S EYE(杏里)、C-Girl(浅香唯)、CRAZY GONNA CRAZY(TRF)、CHA-CHA-CHA(石井明美)、CHASE (L'Arc〜en〜Ciel)、CHINESE SOUP(ユーミン)、CHRISTMAS EVE(山下達郎)、CIRCUS(布袋寅泰)、City Huter(小比類巻かほる)、COSMIC RESCUE(V6)、CROSS ROAD (Mr.Children)、Crush the window(Dragon Ash)、C調言葉にご用心(サザン・オールスターズ)




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