明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946~2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

市民が主役



惰学記




J

 いま人気の朝ドラ「あまちゃん」が復活させた東北北三陸地方の驚きの表現である「じぇっ」という方言とは全く関係ない。トロットと呼ばれる韓国演歌の名曲「J」の話である。
 2000年前後から「韓流ドラマ」や「K-POP」と言われる韓国のニューミュージックが日本で脚光を浴びるようになり*1、「韓流ドラマ」は中高年女性を中心に浸透、「K-POP」は若者たちを熱狂させた。しかし、このブームは言わば第2弾で、韓国曲の第1次ブームは1970~80年代に起きた。今との違いは当時のヒット曲が「カスマプゲ」「釜山港へ帰れ」「離別(イビョル)」「黄色いシャツ」「大田ブルース」などの演歌=トロットだったことだ。
 「J」は84年に発表されたトロットで、東京五輪の年1964年11月に生まれたイ・ソニ(李仙姫*2)19歳のデビュー曲である。原題は「Jへ」という意味の「J에게=ジェイエゲ」で、歌詞の各行が「J」という呼びかけで始まり、去っていった恋人「J」への思いを切々と歌う。日本語版は門倉有希、小柳ゆき、ジェロ、ミン・ヘイギョン(閔海景)、ヤン・スギョン(梁秀敬)、ケー・ウンスク(桂銀淑)ら多くの歌手がカバーしている*3。
 この曲を初めて聴いた時、シルヴィ・バルタン*4の「私を愛して」に似ていると思ったが、それはそれとして、丸眼鏡がトレードマークの小柄なイ・ソニの歌いぶりは、体つきから想像できないほどパワフルで、見事に歌の素晴らしさを引き出していると思った。
 ところで、ヤン・スギョン、ケー・ウンスク、ミン・ヘイギョン、そしてチョー・ヨンピル、パティ・キム、イ・ソンエ(李成愛)、キム・ヨンジャ、チュ・ヒョンミら多くの韓国人トロット歌手が日本に進出して活躍したが、イ・ソニはいろいろ調べてみても、来日して歌手活動をした形跡がない。歌手を続けながら1991年に26歳でソウルの市議会議員に初当選し、4年間勤めたので、全盛期は忙しくて来日の機会がなかったのかもしれない。
 
*1  S.E.S、東方神起、BIGBANG、超新星、KARA、少女時代といった男女グループやイ・スヨン、イ・ジョンヒョン、BoAら女性ソロが我が国歌謡界に次々上陸し、ヒットを飛ばした。
*2 イ・ソンニとも呼ばれる。デビュー当初からその歌唱力で人気を集め、韓国では今も人気が高い。
*3 「J」の日本語版では佐藤純子訳詞の門倉有希バージョンが最も有名。03年2月にデビュー10周年シングルとして大塚博堂のカバーである「めぐり逢い紡いで」とのカプリングでリリースされた彼女の14枚目のシングルである。なお、日本語のカバー盤では、ヤン・スギョン(訳詞者不明)とケー・ウンスク(三佳令二訳詞)のバージョン以外はすべて佐藤純子の訳詞が使われている。
*4 シルヴィ・バルタンはブルガリア生まれ・パリ育ちのシャンソン歌手。日本では「アイドルを探せ」をはじめ、「悲しみの兵士」「あなたのとりこ」「哀しみのシンフォニー」など1965年から1970年代に多くのヒット作を出した。レナウンのCMソング「ワンサカ娘」も一世を風靡した。「私を愛して」は65年に「アイドルを探せ」に続いて日本でリリースされた。
<曲名が「J」で始まる主な歌=原則として洋楽は除きます>Jewelry day(絢香)、JEWEL SONG(BoA)、Joy to the love (globe)、Journey through the Decade(GACKT)、JINGI・愛してもらいます(中山美穂)、Juice(B'z)、JUPITER(平原綾香)、Just believe in love(ZARD)



<back>

 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946~2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url