明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



惰学記




Memories, Memories(すてきなメモリー)

 アメリカンポップスのオールディーズファンならジョニー・ソマーズを覚えている人は少なくないはずだ。1941年2月24日生まれというから、もう72歳。「内気なジョニー」というヒット曲を出したのは1962年で、50年以上前である。日本での発売は63年*1、そのころ中学3年生だった私は、彼女のハスキーでリズム感あふれる歌声を初めて聞き、目ヂカラのある美貌にもひかれて350円のシングル盤を買った。ジョニー・ソマーズが歌う「内気なジョニー」だから、自分が内気だという歌詞と思ったら大間違いで、彼女の名前は「Joanie Sommers」、曲の原題は「Johnny Get Angry」つまり「ジョニー、怒りなさいよ」である。ジョニーはジョニーでも歌の主人公の方は、気の弱い男だったのである。
 ジョニー・ソマーズが米国でソロデビューしたのは1960年、19歳の時で、曲は「ワンボーイ」だった。「ワンボーイ」は、エルビス・プレスリーをモデルに、人気歌手の兵役入隊が決まって大騒ぎするファンの女性たちをコミカルに描いたブロードウェイ・ミュージカル「バイバイ・バーディー」の挿入曲で、日本では63年、このミュージカルが映画化*2され、日本でも公開されたのを機にリリースされた。「内気なジョニー」ヒット後だったので、日本では伊東ゆかり、スリー・グレイセスら多くの歌手がカバーし、テレビでも歌ったため、ジョニー・ソマーズの洋盤も「内気なジョニー」をしのぐ大ヒットとなった。
 こうして全盛期を迎えた彼女が次に出したのがMemories, Memories(すてきなメモリー)だ。この歌は元々ジャズシンガーの彼女らしいリズミカルな曲だが、米国では不発で、日本でだけ少し売れたため、後に日本語版が発売された。当時コニー・フランシスやペギー・マーチ、カテリーナ・バレンテらが盛んに日本語歌詞の曲でヒットを出していたので、ワーナーレコードや発売元の東芝が日本語版作戦に出たようだ。狙いは大当たりだった。
 
*1 「内気なジョニー」は、62年に「ジョニーエンジェル」でヒットを飛ばしたシェリー・フェブレー(TVドラマ「うちのママは世界一」に子役で出ていた)が63年にカバーし、日本ではジョニー・ソマーズのオリジナルより先にリリースされた。「ジョニーエンジェルに次ぐジョニーもの」という柳の下のドジョウ狙いだが、それなりに成功、日本ではまずシェリー・フェブレー盤が売れた。しかし後を追ってジョニー・ソマーズ盤が発売されると、そちらの方が一気に優位に立った。
*2 1963年にボビー・ライデル、ディック・ヴァンダイク、アン・マーグレット、ジャネット・リーらが出演して映画化された。主題歌の「バイバイ・バーディー」はアン・マーグレットが歌ってそれなりのヒットとなり、「ワンボーイ」はアン・マーグレット、ジャネット・リー、ボビー・ライデルの3人が歌ったサウンドトラック盤もあったが、日本ではジョニー・ソマーズの方が大ヒットとなった。

<曲名が「M」で始まる主な歌>
M(プリンセス プリンセス)、M 、Moments(浜崎あゆみ)、MADE IN JAPAN (V6)、Magic of Love(Perfume)、masquerade(trf)、Massage、MELODY 、milk tea(福山雅治)、May(B'z)、MERMAID、Missing You(GLAY)、Midnight Taxi(中山美穂)、Mistake!、Moment (SMAP)、Monster(嵐)、MOON(倖田來未)、Movin' on without you(宇多田ヒカル)、MR.TAXI(少女時代)、Mr. Traveling Man(TOKIO)、my graduation(SPEED)、MY HEART DRAWS A DREAM(L'Arc〜en〜Ciel)、My Revolution(渡辺美里)


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