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10>透析始まる

 

 準備は二十一日未明に整い、ただちに透析がはじまったが、その直前まで母は
 「透析の機械を知ってるから、あれを見たらショックを受けるんじゃないかしら」
と何度も不安そうにつぶやいていた。
 しかし、この時期、医師団の方にはさほどの緊迫感はなかったようだ。当時医師団が一番心配していたのは、場合によっては回復後も透析を続けなければならなくなる---その場合、知事の激職に耐えられないのではないか、ということだったらしい。逆にいえば、生命の心配はほとんどしていなかったらしいのだ。だからこそ、透析開始の翌日である二十二日に人工呼吸器を完全に外し、自然呼吸に踏み切ったのだった。
 透析を始めた日の昼ごろ、その日はじめての"お呼び"があった。父の左腕には、透析のための管がつけっぱなしで、それを保護するために包帯をグルグル巻きにしている。そして色白のはずの肌に、注射もれみたいな大きな青アザができて、みるからに痛々しい。
父は何かいいたそうであった。
 「えっ」
私は聞き返した。よくはわからないが
 「どれくらい眠ったんだろう」
と言ったように見えた。そして父ははれぼったい目で私を見つめて、また口を動かした。
 「なおるだろうか」
唇はそう動いたように思えた。いつまでたっても体の不快感は強まりこそすれ、弱まる気配もない。そのうえ、透析まで始まった。
 『おれは一体どうなるんだろう。助からないんじゃないだろうか』という不安が、父の胸の中で、どんどん大きくなっていってるようだった。できることだったら何でもしてやりたいが、私には手を握って
 「心配しないで、大丈夫だから」
と励ますことくらいしかできない。全く情けない気分だ。

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