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11>東京にお礼に行って帰った夜に

 

 まだ透析が始まる前の、みんなが一番安心していたころに、県の人たちとの間で、なるべく早くお世話になった榊原、橋本両先生にお礼に行かなければ、という話が出ており、二十二日に行くことが決まっていた。透析をするようになったけれども、容態としてはまだ特に悪いという方へは進んでないので、予定通り二十二日、井上公室長、土屋秘書課長と三人で東京へ向かった。その夜はホテルに泊ったが、こういう時に離れているのは、本当に不安なものだ。
 「もし急に容体が変わったら」
 そう思うと、いてもたってもいられない気持だ。どんな具合だろうと思って電話してみるが、好転しているようすはあまりない。なかなか寝つけなかった。
 翌日、榊原、橋本両先生と国会議員の諸先生のところを回った。だが、議員会館を回っている間に連絡が入る。
 「胃の吸収が相変らず思わしくない。全く機能してないような状態だ。とにかくなるべく早く帰るように」
 いやな知らせである。榊原先生のオフィスがある新宿・住友ビルをあとに急いで羽田へ向かう。だが首都高速はお決まりの交通渋滞だ。新宿から入っていては予定の飛行機に間に合いそうもない。モノレールに乗るつもりで一般道路を回り道、そのうち高速が多少走れるようになったので、そのまま高速で羽田へ向かった。  飛行機、自動車、列車と乗り継いで、四時過ぎには病院に着いた。父のようすを見たかったが、睡眠中ということで病室へ入れず、ひとまず風呂へでも入って疲れを取ろうと考えて、公舎へ引きあげた。
風呂場でちょうどパンツを脱ぎかけた時だった。
 「リリーン」
けたたましく電話のベルが鳴る。胸騒ぎがしてパンツをはき直しながら、耳をすます。
 「ハイ、すぐ行きます」
女房がこう答えている。案の定、病院からのよくないしらせのようだ。
 「どうしたって」
女房に聞いたが
 「とにかくすぐ戻ってきてほしいって」
というだけで詳しいことはわからない。大急ぎでまた病院へ向けて車を飛ばした。

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