I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

≫ はじめに 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

 

12>「最悪の状態です」

 

 控室に駆け込むと、母と伯母が声をあげて泣いている。ただごとでないようすだ。
 「どうしたの」
と聞いた。二人が泣きながら話したところでは、少し前に院長(17)が控室に来て
 「まことに申しにくいのですが、最悪の状態になりました」
と、危篤を告げたのだという。院長の説明によると手術時に輸血した血が老化して透析しても焼石に水のような状態になっている。意識に混濁が出てきて括り、心電図にも多少の異常が見られる。尿毒症による腎不全の兆候で、非常に重態だ。透析では間に合わないので、全身の血液を抜いて新しい血と交換する「交換輸血」の荒療治をせねばならないが、心臓がその負担に堪えられるかどうかわからない。また、交換輸血で尿素窒素量が安定するという保証もなく、いわば絶望的な状態だ---というのである。
 私は、ことばもなかった。透析が始まってからは
 「やっぱり、なかなかうまくはいかないなあ。最後まで楽観的な気分にはなるまい」
と心に決めていたが、それでも
 「まさか」
という気があり、あまり長期欠勤しても迷惑がかかるので、二十五日からは出勤するつもりにしていたのである。それが東京から戻って来たとたんにこの事態……。
 とにかく病室へかけつけた。取りはずされたばかりの人工呼吸器が、また父の口を完全に覆っている。
 「お父ちゃま、しっかりして下さい。今が一番苦しい時です。がんばって……」
母が父の手を握り、涙声で励ます。私も
 「オヤジがんばれ、しっかりしろ」
と叫んだ。父は苦しそうに目を開いた。私たちを見回す。目の光は鈍いが、意識ははっきりしている。心細いのか母の手を握りしめて放さない。
 「また後でお呼びしますから、そろそろ出て下さい」
看護婦さんがうながすが、父は母の手を放さない。
 「そばにいてくれ」
と哀願するような目つきだ。だが治療のためには、そうはいかない。看護婦さんは
 「私がかわりますから」
気の毒そうにそう言って父の手を母から離してしまった。
 「治療のじゃまになるので、出ますけど、いつでも隣にいますから呼んで下さいね」
 母はやっとそれだけを言って、後髪を引かれる思いで病室を後にした。

(17)堀啓二・県立医大病院長

≫ はじめに 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp