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15>病室で三役人事意思表示

 

  そのころの一番の難事は任期切れが迫った副知事、出納長の後任問題だった。すでに父は、現知事の仮谷さんを副知事に、現副知事の井上さんを出納長にするつもりで、発病前から内々の意思表示をして、根回しを始めていたのだが、この突発事態でスケジュールが大きく狂ってしまった。九月県会の開会はギリギリの九月二十九日に延ばされていたが、もちろんとても出席できる状態ではない。だからといって選任を延期すると、任期切れの十月十四日には、病床の父も含め三役不在となり、県政に大きな支障ができる。そうした事態を避けるためには、父が病床から人事案件を提出するよりほかにないのだが、病状は安定してきたとはいえ、依然重体であることに変わりはない。そこで、県の幹部がいろいろ相談した末、選任についての父の意思ははっきりしている(19)し、意識も明確なのだから、総務部長(20)が父の病室に入り、選任案件の内容を読み上げ、決済を求める形をとることに決まった。
 私たちとしては、副知事と出納長の任期は十月十四日まであるのだから、もう少し状態が好転してからでも遅くはないのではないかという気もあったが、考えてみれば父の病状が好転するとは限らない(事実十月四日に他界したのだから、待っていたらどうにもならなかった)ので、県の決定通り議会開会前日の二十八日に、総務部長に病室に入っていただくことを了承した。肺炎の併発症が出ていたころで、面会の制限が厳しく、私たちも毎日ほとんど一回だけだったから、いわばその"権利"を譲ったようなものだったが、それは父が公人である以上やむを得ない。
 決済は極めてスムースに行われた。父は総務部長の読み上げた内容にうなずき、
 「サインをしたい」
 と手ぶりで示した。結局、サインはできなかったが、父が知事として最後に行った公的な意思表示であることには間違いなく、翌日の議会でもこの人事案件は承認された。

(19) と私たちは聞いていたが、この人事については県庁内も県議会も決して一枚岩ではなかったとずいぶん後になってから知った。
(20) 自治省から出向で来ていた今吉弘・総務部長    
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