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17>「アカン、もうムリや」

 

 三日の午前中、病室から久々の"お呼び"があった。
 「少しは良いきざしが見えるかもしれない」
と期待して病室に入った。が、見た目では少しもよくなったように感じられない。
 「お父ちゃま」
と呼んでも、目は閉じたまま。看護婦さんが耳元で
 「知事さん、建一さんですよ」
とささやくと、やっと目を開くが、その目もうつろで、濁っている感じだった。
 「ひょっとしたら見えないんじゃないだろうか」
 私はそんな不安に襲われた。その時、父が何かしゃべろうとしているのがわかった。私は、父に近づいて、口元をじっと見つめた。
 「アカン、もうムリや」
 そういったのではないか、という気が私にはした。そして父は目を閉じてしまった。
私は
 「ずい分よくなってきたんだから、しっかりして下さい」
 と言って励ましたが、父は顔を少しゆがめて目を閉じたまま。その目はハレぼったく、今にも涙が出そうだった。あの時、父は、自分の寿命の残り少ないことを察して、無念さをこらえ切れずに泣いていたのではないだろうか---私は、あとでそう思った。
 その日の夜、母と私たちは、進さんをまじえて、控室でよもやま話をしていた。その時、たまたま控室を、主治医の上山先生(21)がのぞいた。ここ二、三日、院長からの発表もなく、情報に飢えていた私たちは
 「先生、お茶でもいかがですか」
 と勧め、しばらくの問、先生の話を聞かせてもらった。私は上山先生に
 「こういう状態はあとどれくらい続くんでしょうか」
 と質問した。小康状態といわれてから一週間、毎日毎日同じ状態が続いて、少しも変化がないので、気になったのである。
 「変化がないのは、むしろ恵まれているのです」
 先生の返事は、意外なことばだった。
 「変化というのは必ずしもいい方の変化ばかりとは限りません。急に悪くなることもあるのです。安定した状態というのは医者にとって非常に安心なものです」
 先生はそのように説明して下さった。
 上山先生がおっしゃった"悪い方の変化"が、そんな話をしてからわずか四時間ほど後に突発するのだが、その時は私たちも、先生も"安定"を信じていた。そして例によって父が苦しみはじめてから手術までの、長い一日の思い出話に花を咲かせていたのだった。

(21)麻酔科の上山英明教授
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