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18>「プルスが止まったんです」

 

 ひとしきり話が終わった十時すぎ、みんなは思い思いに散って行った。上山先生は研究室の方へ、その日は公舎へ帰る番だった私の妻も引き揚げ、進さん夫妻も、風呂と食事のために帰って行った。私と、前夜はじめて公舎へ帰って寝た母が、その日の"宿直"であった。母は
 「公舎で寝ると、離れているのが心配でよく眠れない。控室に泊る方がいい」
 などと言っており、睡眠不足のようだった。私は、例によって本を読みながら、ウイスキーをチビチビとやり、十一時二十分ごろには控え室の電気を消した。
 ほんの少しウトウトッとしかけたころだった。隣室がにわかに、バタバタッとさわがしくなった。当直医があわてて何か指示する声や、看護婦さんがドアを開けてかけ出す音、医師を呼び集めるための電話の声などがひっきりなしに続く。
 物音に最初に気づいたのは母だった。私がまだ目をさまさないうちに「何かあった・・・」と叫んで飛び起きた。しばらく室内をウロウロ。そのうち私も、どうやらただごとでないようすなのをさとって起き上がった。あわてて着がえて廊下に出てみようとする。その時、ドア一枚隔てた廊下の方では、かけつけてきた上山先生に、看護婦さんが泣きそうな声で
 「先生、プルスが止まったんです・・・」
と叫んだ。その声は、母にも聞こえた。
 「心臓が止まった、心臓が止まった・・・」
母は信じられないようにその言葉をくり返した。母の顔色はみるみる蒼白になり、私の顔からも、サッと血の気が失せたのが自分でもわかった。母と一緒にドアの外に出た。すぐに上山先生が私たちの方へやってきた。
 「今しがた、突然、心停止がおこりました。心臓マッサージを続けていますが、大変危険な状態です。鼓動が戻って、少し状態が安定したら病室に来ていただきますので、それまで部屋でお待ち下さい」
上山先生は、そう説明したあと、私に向かって
 「建一さん、お母さんを力づけてあげて下さい。よろしくたのみます」
とひときわ強い声で言った。そのことばを聞いて私は、いよいよ最後の時が来たのをはっきり悟った。
 「はい、わかりました」
目の前がまっ暗になりそうなのを必死におさえて、そう答えたら、急に気分が落ち着いてきた。泊まっていた秘書課の人に
 「進さんに運絡お願いします」
と頼んだあと、控室に戻り、公舎へ電話をかけた。この二、三日カゼで公舎にひきこもっていた伯母が出た。
 「すぐに来て下さい」
 私は、それだけ言って電話を切った。時間を見たら、午前零時半をまわっていた。
 「この時間では和歌山へ届く朝刊には到底間に合わないな」
 急に職業意識が働いた。だとすれば、この時間にあわてて発表してもしょうがない。むしろ、最終版の締切終了後に記者会見をして夕刊の時間まで、じっくり取材してもらった方がいい---そんな考えが頭の中をかけめぐり、秘書課の方に、そのようにとりはからってくれるようお願いした。
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