I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

≫ はじめに 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

 


20>別れの時

 午前九時すぎ、進さんが
 「病室へ来て下さい」
 と告げに来た。人垣をかきわけるようにして病室へ入る。心電図を見上げると、光が、ほんの申しわけ程度に弱々しく動いていた。
 「いよいよだ」
 そう思ったとたん、不覚にもそれまでこらえていた涙が、どっと目からあふれ出した。ベッドの左側には親戚が、右側には、仮谷さん、中沢さん(23)、井上さん、土屋さんら県関係者がズラリと並ぶ。父の手を握ってみる。冷たい、氷のように冷たい手だった。その手をかわるがわる握る県の人たち。握るごとに、みんながなりふりかまわず大声で泣いた。
 水をしめしたガーゼが配られた。それで口元をぬぐってやる。長い間管を通していたので、それがすれてアザのようになっている。その上に塗ってある紫色の薬を拭きとってやろうとするが、どうしてもとれない。
 懐中電灯を持った医師が、瞳孔を何度も照らす。もう一人は心電図をずっと見つめている。血圧を測っていた看護婦さんの声が弱々しく響く。
 「測定できません」
 もう心電図には、ほとんど波がない。光が左から右へただ走るだけだ。時計を見ていた上山先生が
 「午前九時二十八分です」
と言って、心電図のスイッチを切り、深々と頭を下げた。  ひつぎと共に病院を出て、公舎へ向かったのは、お昼過ぎだった。病院の周囲、県庁の周辺にはそれこそ数え切れないほどたくさんの人たちが並んで、父の乗った車を見送って下さった。つい半年前、圧倒的な大差で三選されて、胸を張って、歓呼にこたえながら、三度目の"初登庁"をした父が、今はもの言わぬ姿で県庁を通り過ぎることになるとは……。私は沿道の人たちに何度も深々とおじぎをしながら、こみ上げる涙をおさえられなかった。
 国道を南へ下る。そこには、もう人が立ち並んではいなかったが、買物していた人たちが、道路へ飛び出してきては悲しげに手を合わせて下さるのを見るたびに、たまらない気持ちになった。

その夜、身内やごく親しい方だけで通夜をすませたあと、北まくらで眠る父のかたわらに、秘書課の人たちが集まった。
 「みんなで、知事さんと最後の晩を過したい」
 と、連日病院に詰め、疲れ切った体をひきずって、自発的に来て下さったのである。私たちも仲間に入れてもらい、時間のたつのも忘れて思い出話をした。そして、父が好きだった歌を、みんなで歌い明かした。


    別れることはつらいけど

    しかたがないんだ 君のため

    別れに星影のワルツを歌おう

    冷たい心じゃないんだよ

    冷たい心じゃないんだよ

    今でも好きさ 死ぬほどに(24)



(23)仮谷副知事の前の副知事・中沢哲夫さん(故人)
(24)星影のワルツ(作詞・白鳥 園枝、作曲・遠藤 実)。「樹影」に収録し、ホームページに転載した歌詞が一部間違っていたので、今回訂正した
≫ はじめに 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp