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4>「榊原先生はまだですか」

 

「榊原先生はまだですか」
 血圧も体温もかなり低い。手や足を握ったりさすったりするが、死んだ人の手のように冷たい。末端に血が通わないので、マヒしたようになっているのだろう。
容態は目に見えて悪くなっていく。看護婦さんがほとんどひっきりなしに血圧を測る。それを聞きながらお医者さんが心電図の状態を見て、あわてて輸血のスピ−ドを速め、強心剤を打つ。それまでは痰しか出なかったのに、咳と共に血を吐くようになった。その血を見て、父は鋭く尋ねた。
 「先生、これは何ですか」
 医師は
 「胃液です」
 とごまかす。
 親戚が東京や京都から次々かけつけるのを見て
 「わかった。ガンなんだろう」
と言って母を苦笑させたりもした。だが意識ははっきりしている。誰かがうっかり
 「動脈が切れまして……」
と口をすべらせた時は、キッとした目で
 「動脈?」
と問い返した。そうかと思えば、苦しさをまぎらわそうとして
 「一、二、三、四、五、……」
と数を数えたり、胸に何とか息を吸い込もうとして
「ハー、ハー」
と、大きな深呼吸をしたついでに
 「ヒー、フー、へー、ホー」
とつけたして、笑わせたりもした。こらえ切れないような苦しみの中でも、余裕を見せようとするしぐさに母や、東京からかけつけた伯母(9)が思わず涙ぐむ。
 「榊原先生はまだですか」
待ちかねたように父が尋ねる。自分の体が切迫した状態にあることを父は敏感に悟っていたようだ。
 「手術は一刻を争うんじゃないんですか」
 「(榊原先生を)待っていたら取り返しのつかないことになるんじゃありませんか」
と、医師にさかんにアピールする。だが医師たちは
 「もうすぐです。もう少しの辛抱です」
と答えるばかり。私たちも、今か今かと到着を待ちかねていたが、天候状態が悪くて一時間飛行機が遅れるアクシデントがあり、事が思ったように運ばない。我々も待つ以外に手がなく、ただイライラするだけだった。

(9)父の8歳上の長姉・須江愛子(故人)
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