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ベイカーズフィールド

  10月29日から4泊6日の日程で米国カリフォルニア州ベイカーズフィールド市を訪れた。和歌山市の国際姉妹都市の中でも最も長い歴史があり、1961年に提携を結んでいる。今年は45周年ということで、市の代表団(私、貴志市議会議長、和田、〆木、寒川、宇治田、戸田、井上各市議会議員、随行職員4人、私の妻も私費で参加)と、市の国際姉妹都市親善協会の訪問団(岩橋延直団長、浦市議会議員ら40人)がベイカーズフィールドで合流、現地の親善協会メンバーやハーベイ・ホール市長ら関係者による記念行事に参加して交流を深めた。私たち夫婦にとっては3年前に続いて2度目の訪問である。

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ベイカーズフィールド市は、ロサンゼルスの北北西約200kmの内陸部にある人口約30万人の地方都市で、近郊にはスタインベックの「怒りの葡萄」の舞台のモデルとなったブドウ農場が広がり、そのブドウをはじめ、ピーナッツ、アーモンド、ニンジン、ジャガイモなどを中心とした農業と、米国内でトップクラスの石油生産が主要産業である。
 米国はこの2〜3年住宅価格が急上昇した。バブルである。さすがにこのところ沈静気味とはいえ、今も建設ブームが続くロサンゼルス郊外などでは普通の3LDK住宅が1億円ぐらいになっている。ところがベイカーズフィールドでは今もかなりの敷地面積の住宅が3000万円から4000万円で買える。そこで、快適な住宅を求めてロサンゼルス近郊からベイカーズフィールドあたりまで移ってくる人が多いといい、この地でも郊外で大規模な宅地開発が進んでいる。高速道路でロスまで通勤する人がかなりいるそうだ。
 片道2時間近くかけての車通勤などちょっと信じられないが、米国人は酒を飲まない人が意外に多く、高速道路は片道4〜5車線もあり、同じ200kmでも日本よりはかなり通いやすいので、ベイカーズフィールドの人口は増える一方だ。数年前まで25万人と言っていたのがいまや30万人を数え、近郊のカーン郡を含めると50万人に達するという。
 最終日に泊まったロサンゼルスの中心部は、夜になるとホテルを出ることすら危ない「恐怖の大都会」だが、ベイカーズフィールドは治安も良いし、町の人はみんな親切で人情も厚い。通りすがりの人に「Good Moning!」と声をかけると、大抵は返事が返ってくる。市民の気立ての良さに支えられて、子どもたちの相互ホームステイなど実質を伴った友好関係が45年も続いているのは大変喜ばしい。帰国から1週間後、ベイカーズフィールドの親善協会の重鎮リーランド・ラトレルさんが和歌山市を訪れた。ホームステイなど永年の親善交流の功績が認められ、和歌山市の文化功労賞が贈られることになり、11月10日の表彰式出席のため来日したのである。同日夜、受賞を祝うレセプションが開かれたが、昔ラトレル家にホームステイした人たちも加わり、懐かしさあふれる楽しい会となった。


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ベイカーズフィールド市役所には、和歌山市の昔の訪問団が贈った和歌祭神輿の手作りレプリカが今も飾られている  「ベイカーズフィールドの明治村」パイオニアビレッジにある昔の木製油井


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