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ボーデの法則

 冥王星に関する過熱報道を見て、今から200年以上前に起きた小惑星騒動を連想した。18世紀後半、望遠鏡の精度が高まり、天文学が進歩して惑星と太陽との距離が測れるようになった1760年代に「ボーデの法則」というのが唱えられた。太陽と地球の距離を1U(天文単位)とすると、それぞれの惑星と太陽の距離(D)はD=0.3N+0.4となる(Nは内側の惑星から順に0,1,2,4,8,16、32、64……とする数列)というものである。別表を見ていただくと、当時知られていた6つの惑星について、いずれも実距離に近い数値が得られることが分かるが、弱点はN=8にあたる惑星が存在しないことだった。
 1781年に英国のハーシェルがボーデの法則のN=64、D=19.6に近いD=19.19の地点を回る新惑星「天王星」を発見したことで、この法則が改めて脚光を浴び、N=8の惑星の存在を信じる天文ファンが発見競争をした結果、20年後の1801年、イタリア・シチリア島の天文台長ピアッツィがD=2.8に近い2.77天文単位の地点で惑星らしき天体ケレスを発見した。ケレスは今回の冥王星騒動でも一時、惑星への格上げ案が出たが、直径が月の約7分の2しかなく、ケレス発見から数年のうちに同じような位置で次々ケレスより小さい天体が発見された*ことから惑星とは認められず、小惑星(asteroid)と命名された。
 小惑星発見騒ぎが一段落したあと、天王星の軌道上の動きが外に別の惑星が存在しないと説明できないことが分かり、英のアダムス、仏のル・ベリエがそれぞれボーデの法則を基に位置を予測した。これに基づいて1846年、独のガレが海王星を発見したため、この3人が海王星発見者とされるが、実は海王星の太陽からの距離は30.1天文単位で、ボーデの法則のN=128、D=38.8に全く合致しない。つまりアダムス、ル・ベリエの計算でガレが海王星を見つけたのは全くの偶然であり、この段階でボーデの法則は使命を終えた**。
 さて、冥王星は1930年に米国のトンボーが「発見」したもので、「冥府のような遠いところにある星」という意味で「冥王星=プルート」と名づけられた。米国人が発見したため米国で特に人気があり、ディズニーアニメの人気キャラ、プルート(ミッキーマウスの愛犬)は冥王星発見の年に初登場した。当時の米国のフィーバーを象徴するような話だ。
 だが、冥王星が惑星といえるかどうかは発見当初から議論があった。軌道が他の惑星と比べ大きく傾いている上、楕円がひしゃげていて軌道の一部が海王星の内側に食い込んでいること、大きさも月の半分ぐらいで、惑星と呼ぶには小さすぎ、しかも最近になってほぼ同じ軌道に他にも多くの天体があり、冥王星より大きなものも存在することが分かってきたのである。こうした天文学と天体観測技術の進歩の結果に基づき、冥王星を惑星から外すことになったのだから、これは200年前のケレスの時と同様、妥当な決定だと思う。

*現在では火星−木星間に軌道を持つ小さな天体が6000個以上発見されている。
**ちなみに冥王星はD=39.5なので、N=128とするとほぼ合致する。
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