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智辯学園

 今夏の高校野球は、パワーあふれる打撃戦が続き、最後は見事な投手戦で締めくくられた。73年ぶりの3連覇を目ざした駒大苫小牧を、早稲田実業が延長再試合の死闘の末に破って初優勝を果たし、ニューヒーロー「ハンカチ王子」斎藤投手フィーバーとなったが、わが和歌山市の智辯学園和歌山もよく頑張った。準決勝の駒大苫小牧戦は序盤互角の戦いで、「おっ、いけるぞ」という展開だったが、エース田中君登板後は自慢の打線が沈黙、3度目Vは夢に終わったとはいえ、4点リードを九回にひっくり返され、逆に4点差をつけられた準々決勝・帝京戦の奇跡の再逆転は全国の高校野球ファンに鮮烈な印象を残した。
 この2試合は残念ながら見に行けなかったが、この夏、1回戦の対県岐阜商戦、3回戦の対八重山商工戦の2度甲子園に応援に行く機会があった。市和商の応援で行った時は何回か負けているが、智辯の場合は、私が行った日は負けたことがない。「準決勝、行けていれば」と悔いも残るが、和歌山の名を全国にとどろかせた高嶋監督とナインに感謝したい。
 ところで、智辯学園の「辯」の字である。新聞などでは常用漢字の「弁」を使う。通常、「辯」は「弁」の正字とされるから、「智弁」で構わないようだが、実は2つ問題がある。
 1つは「智辯」という名称が辯天宗の開祖・大森智辯(本名・清子)の名前にちなんだ固有名詞であり、智辯学園はユニホームはもちろん、学校関係のあらゆる場面で「智辯」を使用していること。もう1つは本来、「弁」は「辯」とは別の字だということである。
 漢和辞典によると、「辯」以外にも「辨」「瓣」という2文字が「弁」を新字体としている。しかし元々「弁」は冠のことで、「辯」などとは無関係の字だった。「辯」「辨」「瓣」は両側の「?」が対立物を表し、「辯」は間に「言」があるので、「言葉で対立をさばく、おさめる」という意味である。弁解、弁論、弁舌、雄弁、方言の意味の「〜弁」など言葉と関係することに使う。弁護士の弁も当然「辯」で、辯の字こだわる「辯護士」も多い。
 「辨」は間の「リ」が刃物を表し、「切り分ける、区別する、処理する」といった意味で、弁理士、弁別、弁済、弁当の弁は「辨」である。「瓣」は「瓜」を2つに分けることから、瓜の中身とかタネ、さらに瓜を切り分けたときの形から花びらや花びら型のものの意味で使われる。花弁とか弁膜、安全弁の弁は「瓣」である。辯も辨も瓣も字画が多いので、同音の「弁」で代用することが古くから行われ、戦後3字とも「弁」を新字体とすることに決められた。私の知る限り、「辯」「辨」「瓣」「弁」のように4つの異なる漢字を1つにまとめた例は他になく、漢字のニュアンスを無視した乱暴な決め方という印象が否めない。
 前に、惰学記「64画」で、龍と竜について書いたが、智辯学園も、「辯」という字には特別な思いがあるはずで、それを無視して無神経に「弁」を使うマスコミの気が知れない。

夏の高校野球準々決勝、智辯和歌山−帝京、九回裏押し出し四球でサヨナラ勝ちのホームを踏んだ松隈選手=ユニフォームには「智辯」の2文字がくっきり(毎日インタラクティブの写真から)
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