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「第九」

 前回に引き続き、オーケストラの話である。年末といえば「第九」というわけで、 12月17日、「和歌山県第九の会」主催の「『歓喜の大合唱』2006」が和歌山県民文化会館で開催された。 私の父親が存命だった1973年に始まり、今年で34回目を迎える和歌山の「第九」は、公募で毎年150人以上 (最も多かったのは1997年で250人)が参加し、夏から厳しい練習を続ける。これまでに延べ6000人、 実数でも2000人を上回る男女が合唱の舞台に立ち、年末になくてはならない大イベントに育っている。
 和歌山県第九合唱団のHPにある演奏会記録によると、演奏オーケストラは第1回から13回までと15、20、 25回の計16回が大阪フィルハーモニー管弦楽団、26回だけは関西フィルハーモニー管弦楽団で、14、 16〜19、21〜24回と27回から今年までの計17回が京都市交響楽団となっており、昨年までの指揮者は 外山雄三(13回)、小林研一郎(5回)、小泉和祐、藤岡幸夫、山下一史(各3回)、高関健(2回)、朝比奈隆、 手塚幸紀、飯守泰次郎、大友直人(各1回)とそうそうたる顔ぶれがそろっている。
 さて京都市交響楽団を今年指揮したのは最近引っ張りだこの女性指揮者・西本智実さんであった。 実は私は西本さんのことをよく知らなかったが、最近はいくつものテレビCMにも登場する長身の美しい女性で、 宝塚の「男装の麗人」(古い表現で申し訳ない)を思わせ、ひと目見て思わず「おっ」とか「おー」と声をあげたくなる 「いい女」である。
 和歌山で第九を聴くのは多分4回目で、最初は初当選した02年の12月15日だった。この時は和歌山県第九の会の 山本光則会長が直々に家までチケットを届けて下さったのだが、たまたま家の小改築をしていたので、インターフォンで 「第九の山本です」とおっしゃったのを「大工の山本」と聞き違える失態を演じてしまったのが懐かしい。それはさておき、 去年までは第1楽章、第2楽章で、つい居眠りをしてしまったのだが、今年は西本さんの指揮ぶりが何とも表現しがたいほど カッコよくて、寝るどころではなかった。
 魅力的な指揮者は日本にも大勢いるが、西本さんの動きは手の振りも身振りも大きくてメリハリがあり、短めの茶髪を時々 かき上げる姿や、楽譜をめくるしぐさが凛々しかった。
 今年の合唱メンバーは私が数えたところ、全部で154人(男性48、女性106)だった。小学校5年生から75歳まで 幅広い年代の人が参加しており、34年間ずっとという人も3人いる。だが今年の特徴は新しい参加者が40人もいたことだ。 合唱団の席は、舞台の奥で指揮者の正面、即ち西本さんの華麗な指揮が一番よく見える特等席なのである。観客席からは、 合唱団員が男女を問わず第3楽章までウットリと西本さんに見とれていたように見えた。そして第4楽章、団員の歌声が若々 しく張りがあったのも当然である。
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 今年もこれが最後のコラムとなりました。皆様にとって来年こそよいお年でありますよう心からお祈りします。
手ぶれ写真で恐縮ですが、今年の和歌山第九演奏会。右端に西本さんが見える。 西本智実さんの写真が大きく載った演奏会の宣伝チラシ(上半分)
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