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祖国とは国語

 「祖国とは国語」は、いま「国家の品格」(新潮新書)がロングセラーになっている数学者・藤原正彦さんの著書である。その中で藤原さんは、市場原理の名で弱肉強食が正当化され、格差社会という「不安定でやすらぎのない」時代になっていることを憂え、正業につかぬ若者の増、治安の悪化もあわせ、国全体の体質がひどく劣化したと断じておられる。その原因は、これまでの教育改革がすべて裏目だったことにあり、特に「ゆとり教育」路線の本格化で生徒の学力が低下し続け、ゆとり教育でなくすはずの落ちこぼれ、いじめ、不登校、学級崩壊なども減る兆しがないと厳しく批判している。そして「国家の体質は国民一人一人の体質の集積であり、一人一人の体質は教育により形づくられる。すなわち、この国家的危機の本質は誤った教育にある」と結論付け、まず手をつけるべきは小学校の国語教育強化で、「国家の浮沈は小学校の国語にかかっている」と強調される。藤原さんのこの思いは「国家の品格」「古風堂々数学者」などの著書で繰り返し訴えられている。
 人間がものを考えるときの基本は国語であり、国語力が身についていないと、論理的な思考はできない。日本は、一つの言語が国の全域で誰にでも通じる数少ない国であり、しかも有史以来一度も異国語の支配を受けたことがないほとんど唯一の国である。そんな恵まれた国語環境の下で、日本人は昔から、四季の移り変わりの中での花鳥風月に思いをはせ、情緒と「もののあはれ」を思う感受性豊かな国民性を育んできた。そうした自然を愛し、生きるものをいとおしむ心は、日本語が媒介となって時代を超えて伝えられる。日本語という言葉を共有しているからこそ、日本という国が存在するのだ、というのが藤原さんの思いであり、小学校の国語の授業時間をもっと増やすべきだと述べておられるのだ。
 全く同感だ。読む力、書く力、話す力を養うことが教育の基本で、その第一段階は覚えることである。教科書や絵本を読み聞かせてもらい、自分でも声を出して読み、何度も読むうちに漢字も覚え、さまざまな言い回しも使いながら身につけていくのである。そこから国語力は育つのに、覚えることを「丸暗記」とさげすみ、「考える力」とか「個性尊重」という美名で基本をおろそかにしてきたツケが今現れている。テレビアニメとテレビゲーム漬けで、読書はおろか少年漫画雑誌さえも字が多くて読めない子が増えているのだ。
 その現実に目をつむり、中教審は、「国際化の時代だから、小学校から英語を必修に」などというバカげた答申を出し、文部科学省も唯々諾々と従おうとしている。英語ペラペラで学生時代は外国語オタクだった藤原さんが「小学校から英語を教えることは、日本を滅ぼすもっとも確実な方法」と断言しているのだが、中教審や文科省は「国家の品格」を読んでいないのだろうか。それとも「一数学者の妄言」と片付けようとしているのか。

 
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