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国語の危機

 前回、「祖国とは国語」で書き切れなかった思いを引き続き書く。日本は「有史以来一度も異国語の支配を受けたことがないほとんど唯一の国である」と前回書いたが、実は、異国語に支配されそうになった「国語の危機」が歴史上3度あった。日本人は幸いにもこの3度の危機を乗り切ったのだが、今4度目の危機が訪れようとしていると私は感じる。
 最初の危機は古代、中国から漢字が伝わった時だ。まだ文字を持たないわが国に、膨大な書物とともに漢字という奥の深い表記手段が伝来したのだから、当時の文化人や支配層が恐れ入って日本語を捨て、中国語を国語としてもおかしくなかった。しかし賢明な我々の祖先は漢字を全面的に導入しながら、漢文を日本語風に読む方法を編み出すとともに、元々の漢字の音に加え、日本語の意味を漢字に当てはめた訓を作って、日本語を漢字で表記する手段を発明した。さらに漢字を崩したり切り取った形から平仮名、片仮名を作り、漢字仮名混じり文という表現方法を完成させた。これがその後の日本語と日本文学、日本人の教養を育てる原動力となった。知恵と応用力でピンチをチャンスに変えたのである。
 2度目は明治維新である。長い鎖国時代を経た日本人にとって、産業革命による西洋の科学技術の進歩は驚くべきものだった。そこで、文明開化を進めるには日本語を捨てて英語を国語にすべきだという声が日本のトップの中から出てきた。初代文部大臣・森有礼が提唱者だったから、大きなピンチだった。この時森が意見を聞いた外国人の1人、エール大学のサンスクリット学者ホイットニーが、ロシアは上流階級が国語を捨てフランス語に走ったことで社会が混乱しており、またインドでは英語ペラペラなのは上層部だけだ。イギリスでも上流下流で使う英語が違うので困っている。日本は階級に関係なく日本語が通じ、高い文化を維持してきたのに、英語を導入したら、必ず国語が分裂して大混乱になり、近代化どころでなくなる」と反対したことに森が納得し、日本語は生き延びたのである。
 そして戦後、占領軍が漢字制限とローマ字化をもくろんだが、敗戦ショックの日本の知識層からはもっと過激な論が出た。「憲政の神様」尾崎行雄(咢堂)は、英語の国で育った民主主義を日本に根付かせるには日本語をやめて英語を国語にすべきだと主張し、「小説の神様」志賀直哉は、日本の国語ほど不完全で不便なものはないと決め付け、その結果文化の進展が阻害されてきたのだから、この際、フランス語を国語にせよと論陣を張った。
心ある学者が反動呼ばわりされながらも抵抗した結果、ローマ字化は立ち消えとなり、占領軍が目の敵にした漢字の役割も再評価されて、制限が徐々に緩和に向かっているが、知識人の横文字コンプレックスは根深い。今回の小学校での英語教育必修の流れも、日本語の素晴らしさ、大切さを評価しないことに始まっているように思え、極めて遺憾だ。
※鈴木孝夫「ことばの社会学」「閉された言語 日本語の世界」などを参考にしました。

鈴木孝夫氏の著書「閉された言語 日本語の世界」「ことばの社会学」
両方とも何度も読んでボロボロである
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