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もったいない

 物を捨てるのが苦手である。机の周りは資料や文房具、「のど飴」、メモ用紙などが散乱していて収拾がつかず、引き出しには名刺とか、いただいた手紙があふれ返っている。小学校の時、通信簿に「机の周りを片付けられない乱雑な子がクラスに2人いるうちの1人です」と書かれたぐらいの「筋金入り」で、整理能力が根本的に欠如しているようだ。 ただ、ちょっと言い訳させていただくと、終戦後の物のない時代に育ったので、包装紙や箱、袋を捨てるのがもったいなくて、どうしても片付かないのであり、使い捨て時代に育ったにもかかわらず片付けできない若者よりはマシだとも実はひそかに思っている。
 特に大封筒が捨てられない。役所に持ってきてくれるいろいろな資料は、たいてい企業や団体のオリジナル封筒に入れて届けられるが、あて名を大きく書いてあるものを除き、すべて保管してある。一方、翌日の日程を確認する時に、イベントや会議の資料が市役所の封筒に入って手渡されるが、この封筒も破れたりしない限りは取り置いて、書類整理用に使っている。行事の場合は毎年ほぼ同時期に行われるので、最近は1年前の封筒を日付だけ書き直して再利用したりもしている。言ってしまえば、ケチくさい性格なのである。

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私の執務室の物入れの1つは使用済みの大封筒で占拠されている

 そもそも我々の世代は、給食を残せば「もったいない」と言われるので、くさい脱脂粉乳を鼻をつまんで飲み干し、家ではご飯を1粒でも残したりこぼしたりすると「もったいない。お百姓さんに申し訳ないでしょう」としかられる日々だったから、おかずを残すなどはもってのほかという思いが今もある。中華料理などで食材が次々出てくると、もったいなくて何とか食べ切ろうとするので、カロリーオーバーで太ってしまうのである。
 さて、広辞苑によると、「もったいない(勿体無い)」は、物の本体を失うという意味から転じて、恐れ多い、恐縮な、ありがたいという時に発する言葉になった。さらに、そのものの値打ちが生かされず無駄になって惜しいという時にも、「捨てるのがもったいない」というように使われるようになった。matai.jpgノーベル平和賞を受賞したケニアの環境保護活動家ワンガリ・マータイさんが一昨年訪日した時に「もったいない」という言葉を知って感銘し、環境問題を考えるキーワードとして世界に広める努力を行っているのは有名だ。
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 実は私もこの運動に共感して、なんとか和歌山市でも広められないかと考えていたのだが、ご存知のように7月2日投開票の滋賀県知事選で、新幹線の栗東新駅建設に「もったいない」と異議を唱えた嘉田由紀子さんが当選したことで、「もったいない」という言葉が政治的な意味を持つようになってしまい、これまでとは異なる形で脚光を浴びた。こうなると、せっかくの「もったいない」が、一般的な物を大切にする運動のスローガンとしては極めて使いにくくなってしまう。誠に「もったいない」話である。


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