I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談



続・和歌山弁

 和歌山弁の話を続ける。前回紹介した「持ち歩きペラペラ和歌山弁」の著者マエオカテツヤさんも「まえがき」に「特に和歌山弁に興味を持つきっかけとなったのは、和歌山弁の発音では五十音の『ざ行』と『だ行』が同じだということでした」と触れているように、和歌山弁最大の特色は、話し言葉で「ざ、ぜ、ぞ」が「だ、で、ど」になることだ。私自身小さいころ、有名なグリム童話Hänsel und Gretelを「ヘンデルとグレーテル」だと思い込んでいた。和歌山の人は本当に「za ze zo」を発音できないのである。
 従って「〜だぜ」とか「頼むぜ」といった言い回しは、当然のことながら「〜やで」「頼んどくでえ」となる。石原裕次郎のセリフ「俺は待ってるぜ」は「わえは待っとくでえ」と、いかにもしまらない感じになってしまう。時には「ら行」も「だ行」に変化することがあり、びっくりした時に使う「あでーっ」という叫び声は「あれー」がなまったものだ。前回「からだ」が「かだら」になることに触れたが、これも同じような現象である。
 話し言葉では「デイシュウ(税収)が落ち込んで、市のダイセイ(財政)はドンドコ(どん底)やで」となる。今夏の選挙戦でも、推薦団体の電力労連の大会で、幹部が「電力はデンリョク(全力)を挙げて大橋さんを支えます」と激励のあいさつをしてくれた(本当に全力で応援していただきありがとうございました。ネタにしてごめんなさい)。書き言葉でも変換ミスや書き間違いが目立つ。「(全然を)デンデンと打ったのにデンデン変換してくれへん。パソコン、おかしんとちゃうか」という光景は珍しくないし、音で違いが分からないので、話し言葉では稀な「だ、で、ど」を「ざ、ぜ、ぞ」と間違えるケースもあり、「断念」が「残念」、「現代」を「現在」と入力した文章にしばしばお目にかかる。
 毎日新聞社の東京勤務時代に3ヵ月だけだが、週1回夕刊の名物コラム「憂楽帳」を書かせてもらった(その時の文章はこのホームページの「憂楽帳」というコーナーに収められている)が、その8回目「でんでん虫の唄」で和歌山弁を取り上げ、「和歌山で墓参りに行った帰りに、国道沿いの飲食店に入ったら『おいしいコーヒーをぞうど』という張り紙があった」と結んだことがある。実際に10年前、目撃したので書いたのだが、同僚に「まさか。作り話だろう」と疑われた。4年前、和歌山に戻ってから「ひょっとして」と思い、その店に行ってみたが、さすがに張り紙は残っていなかった。誠にダンネン(残念)だ。
 しかし、こんなことがあった。あるお祝いの会に行った時だが、出席者に配られた「名槍日本號」という詩吟のプリントを見て「あっ」と思った。漢詩の間に「黒田節」の歌詞が入っているのだが、その結びが「これ誠の 黒田武士」となっていたのである。

会合で配られた「名槍日本號」という詩吟のプリント
<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp