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世界史必修逃れ

 昨年秋に全国の高校で「必修科目逃れ」が次々明るみに出て大問題となった。代表的なのが「地理歴史」科(1992年の指導要領改定で、高校の社会科は地理歴史と公民の2教科に分割された)の必修科目である世界史を履修したことにして、実際には授業を行わず、日本史や地理、場合によっては地歴以外の教科の科目を教えていたというものだが、ほとんどの都道府県で当たり前のように行われていたことから、学校や校長の独断ではなく、教育委員会はもちろん、文部科学省も実は承知の上だったという疑いも濃厚といわれる。
 なぜこんな問題が起きたかは新聞にもさんざん書かれたが、世界史は高校の指導要領では必修でも、大学受験では選択科目の日本史や地理と同等のウエートしかなく、世界史は出題範囲が広いだけ難易度が高く感じられ、世界史を受験科目にする生徒が少ないからである。つまり、高校側としては「効率の悪い」世界史を教えるよりも、その授業時間を転用して、「効率の良い」他の科目を手厚く教える方が受験に有利と考えたのである。
 ではなぜ、高校では世界史が必修科目になっているのか。これは極めて大事なポイントである。というのは「必修逃れ」事件以後、「そもそも世界史が必修となっているのがおかしい。日本人なのだから日本史こそ必修とすべきだ」と大まじめで言い出す「識者」が現れ、その意見に一部マスコミが同調して、議論を混乱させているからである。高校で世界史が必修科目となっている理由は単純明快だ。日本史と地理は中学で基本的なことをひと通り学ぶことになっているが、世界史については、中学では日本史と関係ある範囲にとどめることが指導要領に明記されている。本格的な世界史は高校で初めて学ぶわけであり、これからの高校生は国際人としての基本的な学識を身につける必要があるということで、世界史が必修科目となっているのである。これは極めて常識的な考え方だと思う。
 とはいえ、大学受験にぜひとも必要でない科目となれば、高校生も学習に力が入らないのは当然である。私も40年以上前のことを思い出すと、物理はさっぱり分からなかったこともあって全く授業に身が入らなかったし、文系を受験する同級生は授業中寝ているか他の科目を勉強しているか、授業をサボっているかのいずれかだった。世界史の授業も、私はよく居眠りはしたが、受験科目なので一生懸命勉強もしたものである。やはり大学が受験科目に世界史を採用してくれないと、この問題は根本的には解決しないと思う。
 ただ、いっそ発想を変えて、世界地理と世界史を一緒に教える新しい科目を作ってはどうかとも思う。地理が分からないで歴史を勉強しても興味が持てないし、歴史を知らずに地理を学んでも、実際にその国を訪れる時、とんだ失敗をする恐れがある。授業内容のダブりもなくなり、効率的な学習ができそうな気がするのだが、これは素人考えだろうか。

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