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友ヶ島灯台

 友ヶ島のことは前にも書いた。和歌山市の北西端、加太(かだ)沖の紀淡海峡に浮かぶ地ノ島、沖ノ島、虎島、神島の4つの島の総称で、加太港から沖ノ島・野奈浦港までは遊覧船で20分、直線距離は6km余である。沖ノ島と対岸の淡路島・生石鼻の間は4km程の友ヶ島水道で、この海峡を見下ろすように1872(明治5)年に建設されたのが英国人のリチャード・ヘンリー・ブラントン設計によるわが国で8番目に古い洋式灯台の「友ヶ島灯台」である。
 さて、友ヶ島灯台が建っている地点は、ちょうど東経135度00分、すなわちわが国の時刻を決める子午線上にある。東経135度というと兵庫県明石市の天文科学館のある地点が有名で、明石は「子午線の町」「標準時の町」を売り物にしており、山陽本線や山陽電鉄の車内からもよく見える標準時を示す時計塔がシンボルである。では、友ヶ島灯台が明石の天文科学館の真南にあるかというと、実は微妙にずれているから話がややこしい。
 明石天文科学館が東経135度地点にあるというのは、この地点で天体観測して、太陽や特定の恒星が通過した時間を、世界標準時の基準点である英国グリニッジ天文台(経度0度)を太陽や同じ恒星が通過する時間と比較して計算すると、9時間00分00秒の時差があることによるもので、これを天文経緯度という。しかし、地図上の経度は海面が地球を覆っている状態、すなわち凹凸のない回転楕円体で極半径が6356km、赤道半径6378kmの地球を想定し、その楕円体に地球上の地形を写し取って、グリニッジ天文台のある子午線を0度として各地点の経度が決められている。この経度の決め方を測地系という。
 さて、ここからがややこしい。明治政府がわが国初の5万分の1の全国地図をつくる時に、基準点を当時の東京天文台の位置と決め、その場所の天文経緯度を算出して、それを基にわが国のすべての地点の経度緯度を決めた。この測地基準系が「日本測地系」である。
 ところが、1957年に初の人工衛星が打ち上げられ、以後GPSなどによる精度の高い宇宙測地技術が急速に普及した結果、明治以来の日本測地系が、世界共通の測地座標系である「世界測地系」に比べて北西に約400〜500mずれていることが判明した。
 日本測地系による東経135度ラインは明石天文科学館の西約370mで、そのまま南にたどると友ヶ島灯台より西の海上を通るが、2002年4月から日本でも世界測地系を採用することになった結果、東経135度ラインは明石天文科学館の約120m東へ移動、友ヶ島灯台は「めでたく」東経135度ライン上に乗った(厳密には4mほどずれている)のである。
 今年開設から135周年を迎えた東経135度ライン上の友ヶ島灯台を祝って現地で11月3、4、10、11の4日間さまざまな記念イベントが行われる。詳細は和歌山市ホームページを見ていただき、多くの方に友ヶ島の素晴らしさをこの機会に体験していただきたい。


友ヶ島灯台
東経135度のラインに立つ友ヶ島灯台
=04年7月13日撮影



135度地図
日本列島の衛星写真(昭文社の「なるほど日本知図帳」の付録より)の近畿地方部分。
北から南へ明石を通って友ヶ島の西端をかすめているのが東経135度のライン
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