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明日はわが身

 人間というのは基本的に楽観的にできているようだ。振り込め詐欺や還付金詐欺があれだけ報道されても、自分がターゲットになるとは夢にも思わずにだまされるケースが後を絶たないし、わが国のバブル期に大やけどしながら、米国の住宅バブルだったサブプライムローン危機に、まさか金融機関がつぶれたりはしないだろうと安易に考えてまた大損をする人が多いのを見ると、「明日はわが身」と考えないのが人間なのだという気がする。
 しかし、命に関わることについては楽観的では困る。「30年以内に東南海・南海地震が発生する確率が50〜60%」と数年前からずっと警鐘を鳴らされ、備えを急がなければいけないことは頭で分かっていても、実際に非常用の持ち出し袋を備え、家族で避難ルートを確認し、水や食料品を備蓄しているご家庭はごくわずかである。「いつ来るか分からんけど、あした来ることはないやろう」と思っている人が圧倒的に多いように感じるのである。
 確かに、これまでの東海・東南海・南海地震の歴史を見ると、その間隔は最短でも約90年ある*ので、1946年12月21日の昭和南海地震からまだ62年しか経っていないと考えれば「しばらくは大丈夫」と思いたくなるのは当然だ。だが、昭和の南海地震は、その2年前発生の東南海地震(1944年12月7日)と連動しているものの、この時期に東海地震は起きていない。東海地震だけを取れば濱口梧陵の「稲むらの火」で知られる1854年12月23〜24日の「安政東海・南海地震」以来、150年以上発生していないのである**。
 東海地震の30年以内発生確率は87%で、いつ起きても不思議でなく、それが東南海・南海地震の引き金になる可能性も高い。しかも最近は直下型の地震が続発し、「地球が活動期に入った」とする学者も少なくない。宝永東海・東南海・南海地震***(1707年10月28日)の4年前の12月に、大正の関東大震災(M7.9)より大規模なM8.2の元禄関東地震が発生したし、安政東海・南海地震の約半年前、1854年7月には三重・奈良両県で750人が死亡した伊賀上野地震が発生した。東海・東南海・南海地震の前には局地型の大地震が起きる傾向があるように思える。04年10月の新潟県中越地震以来、福岡県西方沖地震(05年3月)、能登半島沖地震(07年3月)、新潟県中越沖地震(同7月)、岩手宮城内陸地震(08年6月)など次々大地震が起き、ゲリラ豪雨と呼ばれる猛烈な局地的豪雨など異常気象が発生しているのは東海・東南海・南海地震の前兆ではないかと気になる。
 中国・春秋時代の杞の国に、「天が落ち、地が崩れて身の置き所がなくなるかもしれない」と心配して夜も眠れなかった者がいたことから、無用の心配を「杞憂」というようになったのだが、わが紀州では「天が落ち、地が崩れる」のは無用の心配ではないと思う。「明日はわが身」と考えて災害に備える「紀憂」が大切であって、決して「杞憂」ではない。

*下の東海・東南海・南海地震年表を見ていただきたい。なお、月日を見ると、10月末以後、特に年末の発生が多いが、偶然なのだろうか.。
**政府も今から30年に東海地震を主な対象とする「大規模地震対策特別措置法」を制定し、さまざまな警戒態勢を整えてきた。だが東南海・南海地震については、それから24年後の2002年に和歌山県選出の国会議員らが中心になって「東南海地震・南海地震防災対策特別措置法」が議員立法で制定されるまで国の対策はないに等しい状況だった。
***宝永東海・東南海・南海地震(1707年10月28日)はM8.6と推定されるわが国最大の巨大地震で、伊豆半島から高知沿岸までの広範囲に4〜10mの津波が発生、死者約5000人といわれる.また、地震の49日後の12月26日に富士山が噴火し、山頂北側尾根に宝永山という新山ができた。



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