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言い間違い

 「言い間違い」と「言い損ない」をごっちゃにして「言いそこ間違い」と言い間違えるのはほとんどジョークのような話だが、昔は正しい日本語のお手本だったアナウンサーが最近は常識外れの言い間違いをするから驚く。才色兼備ならぬ「彩色妍媚」の女子アナが増えたせいだろう。10年近く前だが、当時日本テレビの看板アナだった永井美奈子さんがニュースで「生体肝移植」を「性感帯移植」と言い間違えて大笑いされた話は有名である。
 間違いとまではいえないが、式典とか会合などで、アナウンサーや司会者が議員らを紹介する時に、「××党厚生部 会長」とか、「和歌山市 議会議長、〇野△男さん」というような読み方をすることがしばしばある。「厚生部会長」は「厚生部会」の長だから、「部会長」であって「会長」ではない。もし副部会長なら「××党厚生部会 副部会長」と読まなければならないわけで、「厚生部会長」は、あいだで切ってはいけないのである。また、「和歌山市議会」は、「市」という行政組織とは一線を画した「市議会」なので、「市」と「議会」のあいだで切って読むのはおかしいのである。切ってしまうと、「和歌山市 健康福祉局長」などのように、和歌山市役所の組織の一員みたいになってしまうからである。
 文語的な日本語なのに、話し言葉で意外によく使われるが、テレビを見ていると、タレントやアナウンサーがしばしば言い間違えるるのが「この提案には反対せざるを得ない」という言い回しである。「反対せざる おえない」と切る場所を間違えたり、はなはだしいケースでは「反対せざるを おえない」と言い間違える人が一人や二人ではない。
 元々「ざる」は否定の助動詞で、日光東照宮の三猿「見ざる、聞かざる、言わざる」を連想する方も多いと思う。「得る」には「〜できる」「〜の可能性がある」ので、「反対せざるを得ない」は「反対しないわけにはいかない」、すなわち「反対します」という意味となる。
 二重否定を伴う複雑な文脈には、「諸般の事情があって、今のところ賛成するわけにはいかないのです」という微妙なニュアンスが込められている。なぜこれが「せざるを おえない」と言い間違えられるようになったかは判然としないが、恐らくは「この問題についての責任は負えない」といった時に使う「負えない」との混同によるものと思われる。
 「負う」は重いものを背負うことで、荷物以外の難問を背負い込むことも言う。私が高校生だった1963年ごろのテレビ時代劇に「三匹の侍」(フジテレビ系)があり、丹波哲郎(第2シリーズから加藤剛)、平幹二郎、長門勇が悪人をバッサバッサと切りまくるドラマだったが、このシリーズでやや三枚目の長門勇がしばしば口にしたのが「おえりゃあせんがな」というセリフだった。「やってられないよ」というような意味と理解しているが、プロのアナウンサーや司会者が日本語を乱す張本人という現状は「おえりゃあせんがな」である。  

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