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さらば太田さん

 橋下徹・新大阪府知事誕生の陰で、太田房江前知事が2月5日、静かに舞台を去った。 難しい府政のかじ取りを無事こなし、堺市へのシャープ新工場誘致にも成功した手腕は評価されるべきだと思うが、頭の高さが災いしてか府職員や議会、マスコミに評判が良くなかったようだ。3選出馬に意欲満々だった太田知事に対して、昨秋から突然マスコミが集中砲火を浴びせ、事務所経費の不適切な処理や、出張時に自宅に泊まりながら宿泊費をもらっていたとか、講演料として法外な金を受け取ったといったことを連日書きたてられ、いつの間にか世間は「太田降ろしの大合唱」となった。本人が事態の深刻さに気付いた時は既に遅く、恐らく太田さんは「何でこんなことに……」と信じられぬ思いだっただろう。
 四面楚歌の状況で、泣く泣く(だったと思う)3選出馬断念を表明した記者会見で彼女は「一寸先は闇」と心境を語ったが、政治の世界はまさに「一寸先は闇」であり、地方の首長をしている我々のようなものにとっては「以って他山の石となす」べき出来事だった。
 確かに、不適切な金銭処理は批判されるべきで、特に、高すぎる講演料は彼女の「ワキの甘さ」を示すものだが、自分で考えて行ったとは到底思えない。大阪市長選で当選した平松さんのすぐ後ろでバンザイしたことで、前々から不満を持っていた人たちがカチンと来て「あの生意気な女に、ひと泡吹かせたれや」とアラ探しを仕組んだように見える。
 辞めると決まった後も「太田バッシング」のような報道が続いた。償還期が来た府債を丸々借り替えたことを「赤字隠し」と朝日が1面トップで書いたが、当時の府財政の状況から見てやむを得ない措置だったものを、「粉飾まがい」と決め付けているように思える。1月9日の毎日夕刊「憂楽帳」には、3年半前に開かれた近畿の6知事会談の特集記事で使う予定だった写真が知事の気に召さず、会談当日載った写真の再掲載を強く求められ、結局、同じ写真を2度使うという「新聞の禁じ手」を犯す羽目になったという話が載った。
 その憂楽帳は「あれから3年半、(中略)この人は何も変わっていなかった。知事の資質と度量とは何か。(中略)改めて考えたい」と結ばれていたが、私だって気に入らない写真を使われるのは嫌だし、まして女性なのだから、お気に入りの写真を使ってほしいというのは十分理解できる。そもそも同じ写真を使わないルールなど読者は誰も知らない。その時点で正面から批判するならまだしも、結局言い分を受け入れておいて、知事引退が決まってから、水に落ちた犬を蹴飛ばすように、恨み言を人格批判のような形でコラムにする神経が理解できない。「記者の資質と度量とは何か。改めて考えたい」と言いたい。
 ところで、知事交代で一番ホッとしているのは、「女性は土俵に上がれない」と、春場所の優勝力士に知事賞を太田さんが直接手渡すことを拒んできた相撲協会かもしれない。※

 ※余談独談の第1回テーマが春場所の府知事賞授与問題で、太田知事の「土俵入り」をかたくなに拒む相撲協会に、なぜ大阪府は府知事賞を出し続けるのかと疑問を投げた。


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