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済州島

 和歌山市の姉妹都市のひとつである韓国・済州(チェジュ)市に4月15日から2泊3日の訪問をしてきた。と言っても公式訪問ではなく、私の母の女学校時代の同窓会が済州島で行われ、今年11月に88歳になる母も出席したため、「介添人」として私と妻が同行したのだ。つまり、全くの私的な旅行だったのだが、これが大ごとになってしまった。
 というのは、済州島は韓国で唯一、温州ミカンや甘夏、デコポンなどが採れるミカンの産地なのだが、実はそのミカンは紀州がルーツで、今から34年前、私の父が県知事時代に苗木を送り、自らも済州島を訪問して行った「ミカン交流」が始まりなのである。父はこの韓国訪問から帰国して1カ月余り後に大動脈瘤破裂で倒れ、現職のまま死亡した。従って済州島との「ミカン交流」は父の知事としての最後の大きな仕事となったわけだ。
 当時、韓国でミカンの苗木を受け取った人の一人が、現在、済州道の実力者で、三栄交通というバス会社と日出ランドというテーマパークの会長である康才業・済州道犯罪被害者支援センター理事長の義理のお父さんであった。22年前、和歌山市と済州市が姉妹都市となるきっかけも康会長が作ったものであった。私も6年前に市の公式訪問団長として済州市を訪れた時に、康会長に心のこもった接待をいただき、日出ランドの一角に植えられている1975年に父が贈った甘夏ミカンの苗木を見せていたただいたことがあった。
 康会長は昨年夏に和歌山を訪問した時、我が家を訪れ、母の元気な姿に感動し、ぜひ一度済州島に来るよう熱心に誘ってくださった。そうしたこともあり、今回の私たちの訪問について康会長にお知らせしたところ、奥様同伴で到着から帰国まで、ほぼ付きっきりのお世話をいただくことになってしまったのである。特に16日の夜は2月に和歌山市を訪問した犯罪被害者支援センターのメンバーと、金・済州道知事、朴・済州市副市長、道検察庁の検事2人など60人近い人が参加するパーティーが開催され、前日の夕食会には姜市長夫妻も出席されるなど盛大な歓迎を受け、公式訪問みたいなことになってしまった。
 済州島は朝鮮半島南端から南へ約100kmの東シナ海上に浮かぶ南北が長い楕円形の島で、緯度は北緯33.5度と和歌山市より少し南に位置する。島の面積は1845平方kmで、日本の都道府県で面積最小の香川県より少し狭い。島の真ん中に韓国最高峰で海抜1950mの漢拏山(ハルラサン)がそびえる*。島の北岸中央が姉妹都市・済州市の旧市街地で、南岸中央部はリゾート地で国際会議場などがある西帰浦(ソグィポ)市の中心部となる。
 康会長の日出ランドは島東部の溶岩洞窟地帯にあり、「美千窟」という長さ1.6kmを超す洞窟やサボテン園、陶芸体験館などがある。漢拏山や溶岩洞窟、そして東海岸に突き出した城山日出峰という巨大噴火口跡などは2007年に世界自然遺産に登録されている。

 *北朝鮮側には漢拏山より高い2000m以上の山がたくさんある。なお、済州市の緯度は和歌山県すさみ町見老津とほぼ同じである。香川県の面積は1875平方km、ちなみに面積ブービーの大阪府は1891平方kmだ。韓国には現在16の行政区域(特別市1=ソウル。広域市6=釜山、大邱、仁川、光州、大田、蔚山。道8=京畿、江原、忠清北、忠清南、全羅北、全羅南、慶尚北、慶尚南。特別自治道1=済州)があるが、済州道は特殊で、現在は済州、西帰浦の2行政市(道直轄=市長は任命制)だけで構成されており、島の北半分が済州市、南半分が西帰浦市である。



4月15日、済州空港から康会長夫妻(写真左)に案内されて日出ランドを訪問、 父が贈った甘夏ミカンの苗木が今もある一角で記念撮影した。真ん中の石燈籠は 私たちの訪問を記念して康会長が立ててくださったもので、下の青いプレートに 「大橋建一和歌山市長訪問記念」と記されている

昭文社「世界・日本地図帳より」
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