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許されざる者

 芥川賞作家で、和歌山大学附属中学校の1年先輩に当たる辻原登さん*1が、毎日新聞に1年半連載し、このほど出版された小説「許されざる者」*2のことをぜひ書いておきたい。
 「許されざる者」は、日露戦争前後の和歌山県の架空の町「森宮」を主舞台に、外国で医学を学んだ槇隆光という人望厚い医師が、時代と人々の悪意や善意に翻弄されながら様々な事件に遭遇し、「許されない」恋に落ちていくという物語である。幸徳秋水や森鴎外が実名で登場することもあり、明治時代の歴史に詳しい人なら、大逆事件に連座し、無実の罪で刑死した新宮市の医師・大石誠之助がモデルだとすぐ分かるようになっている。
 私は歴史好きで、大学では日本史を専攻したことになっているのに、大石内蔵助は知っていても、大石誠之助のことは、恥ずかしながらこの小説を読むまで全く知識がなかった。新宮といえば私の生まれた那智勝浦町の隣町で、何度も行ったことがあるのに、である。
 大佛次郎賞を取った「花はさくら木」もそうだったが、辻原さんの歴史小説に登場する人物は、実際の出来事を踏まえつつも、モデルの実際の行動とは全く別なキャラクターとして、小説の舞台を自由に活躍するのが特徴だ。「許されざる者」も、日露戦争という時代背景、新宮周辺で実際に起きた松沢炭鉱ストライキ事件や、当時新宮地方の人々の関心の的だった鉄道建設や遊郭設置、幸徳秋水との出会いなどの史実が盛り込まれているが、モデルである「毒取ル大石」の実際の行動と、小説での「毒取ル槇」の行動は異なっている。
 例を挙げると、「許されざる者」には、毒取ル槇が脚気はビタミン欠乏による病気だと見抜き、日露戦争の戦地に「差別なき医療奉仕団」の一員として赴き、細菌説を唱える陸軍軍医副総監・森林太郎(鴎外)と対立しつつも、多くの兵を救う話が出てくる。森鴎外が細菌説に固執し、多くの兵が脚気に倒れ死んでいったのと、大石誠之助が風土病について研究していたことは事実だが、彼は日露戦争時に満洲へ行っていない。また、最後の森宮藩主の長男で、八甲田山死の行軍で弟を亡くし、自らも凍傷を負った永野忠庸陸軍中佐とその妻が重要な役割を果たすが、八甲田山で死亡した新宮藩の末裔・水野忠宣中尉は長男で、兄は全くの架空の人物である。従って槇と恋に落ちる永野夫人も当然全くの創作で、そもそも大石は留学から帰国後すぐ結婚しており、愛妻家で一男一女がいたのである。
 それにしても大石誠之助という悲劇の主人公の話を、森宮という「パラレルワールド」で、大人の恋の物語にしてしまう辻原さんの技*3には感服する。女性を魅力的に描くのも辻原さんの芸の一つで、永野夫人(なぜ名前がないのだろう*4?)はもちろん、もう一人のヒロイン千春も、重要な脇役の菊子、そして悪役の君江までもが生き生きしている。

 *1*2 辻原さんのことは2007年2月の余談独談「花はさくら木」で書いたことがある。「許されざる者」はその年の7月から連載が始まり、今年2月に完結した。単行本は毎日新聞社から上下2巻で今年6月20日に刊行された(上下とも1700円=税別)。
 *3*4 7月5日に和歌山市で辻原さんの出版を記念する講演会と和歌山大学附属中学同窓生(辻原さん、南條県立医大学長、仁坂知事、私)による座談会が開かれ、そこであいさつした毎日新聞の重里徹也・東京学芸部長は辻原さんのことを「物語の魔術師」と呼び、辻原さんは講演の中で「物語の詐欺師」であると受けた。永野夫人の名前については、講演会後の座談会で辻原さんが興味深い話を披露してくれたが、実際には単行本の中で1ヵ所だけ彼女の名前が出てくる場面があるそうだ。  


7月5日、フォルテ和島で開かれた辻原登さん出版記念講演会語の座談会


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