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1960年
 今年も世界的な時代の転換点だが、今から約半世紀前の1960年は、政治だけでなくあらゆる分野で大きな転換点となった年のように思える。わが国では、三井三池炭鉱で人員整理をめぐって大規模な労働争議が起き、結局労働組合が敗北する。石炭から石油にエネルギーの主役が変わることを象徴する出来事だった。そして、日米安保条約改定をめぐり空前の反対闘争が展開され、東大生・樺美智子さんが学生デモ初の犠牲者となる。学生や知識人、労働者が国会周辺で徹夜の座り込みを続ける中、当時の岸信介総理(安倍晋三元総理の祖父)は官邸に「篭城」して6月23日の批准自然承認を見届け、内閣は総辞職。代わって登場した池田勇人内閣は「所得倍増」を掲げ、日本は政治から経済重視に大きく舵を取り、政治的高揚は冷め、高度経済成長時代へ突入、知識人や学生は大きな挫折を味わう。
 世界に目を向けると、韓国では独立以来独裁体制を築いていた李承晩政権が4月に起きた学生の反政府デモで倒れる。戦後次々独立を果たしたアジア諸国と対照的に、ほとんどが欧州諸国の植民地のままだったアフリカ大陸ではこの年多くの国が独立を達成、アジア・アフリカ新時代が到来する。米国ではケネディが大統領に当選(就任は61年)した。
 メディアの世界も大きく変わった。米大統領選のケネディ勝利の決め手がテレビ討論でのニクソンとの印象度の差だったとされることや、日本では池田内閣の下での初の総選挙の党首討論会の最中に浅沼稲次郎社会党委員長が暗殺され、テレビ中継でお茶の間にリアルタイムでその場面が流れたことで、それまで「電気紙芝居」と揶揄されていたテレビの評価が高まり、反対に映画産業は世界的に斜陽となる。60年はわが国の映画製作本数や映画館の数がピークを迎えた年で、その後坂道を転げ落ちるように減っていくのである。
 もちろん映画界では巻き返しの試みが行われた。それまで米国では日本の作品をリメイクするなど考えられないことだったが、その常識を覆し、「七人の侍」を題材にハリウッドで初の日本映画のリメイクとなる「荒野の七人」がこの年制作された。フランスでは50年代後半からヌーベルバーグ(新しい波)と言われる若手監督の実験的映画が盛んに作られたが、その手法を大監督ルネ・クレマンがまねたのが60年の「太陽がいっぱい」(アラン・ドロン主演)である。日本でも大島渚「青春残酷物語」、吉田喜重「ろくでなし」、篠田正浩「乾いた湖」など新進監督の「日本の新しい波」といわれる作品が次々生まれた。
 推理小説の世界では松本清張が次々とベストセラーを出して、それまでの「本格派」とは異なる「社会派」推理小説の新時代を開いた。将棋の世界では大山康晴が当時の4大タイトル独占を果たし、「大山時代」が始まる。即席ラーメンやインスタントコーヒーが初めて売り出されたのもこの年で、わが国初のロングサイズたばこ「ハイライト」も登場した。



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