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叔父・伊達和光
 東大在学中に早世した母方の叔父・伊達和光のことは本コラム「プラネタリウム」*1の回で少し触れたが、苦労と悲運の連続だった叔父の短い一生について、もう少し書きたい。
 叔父・和光は、私の祖父で朝鮮総督府の官僚だった伊達四雄の任地・平壌(現・北朝鮮)で1927(昭和2)年3月16日に生まれた。現在のソウルに落ち着いた小学校4年生ごろから星に興味を持つようになり、翌年夏、坊主頭になる約束と引き換えに、子供用の天体望遠鏡を母に買ってもらったという*2。京城中学に入ってからも星好きは変わらなかったが、日米開戦後の1943年12月に海軍兵学校を志願し、広島県江田島で終戦を迎えた*3。
 両親が命からがら故郷の和歌山県下里町(現那智勝浦町)に引き揚げることを知って叔父は下里に向かった。まだ18歳、天文学を志したが、引揚者の生活は厳しい上、占領軍は兵学校出身者を軍国主義の手先と敵視しており、旧制高校への編入学も許されなかった。
 親類の紹介で滋賀県の田上天文台(現・大津市山本天文台)に助手として勤めたが、当時実家は昭和南海地震の被害を受け、生活が一層苦しくなったため、1年余で天文台を辞して帰郷、1948年10月に21歳で隣町の太地中学の理科教師となり、その傍ら天文愛好家の集まりである「南紀星の会*4」を立ち上げたり、大型望遠鏡を自作するためのレンズ製作に取り組んだりで、中学の宿直室に泊まり込み、寝る間も惜しんで働いていたようだ。
 翌49年には和光叔父の弟・暢生が慶応大学経済学部に合格して東京に下宿、祖父母は念願だった「富士山の見える家*5」に住むことを決め、2年後、東京都武蔵野市の一角に新居を建て、移り住んだ。これを機に和光叔父は24歳で大学受験を決意し、太地中を退職して上京、翌年東大理科1類に合格し、地文研究会というサークルに所属、念願の天文学者への道を踏み出した。ところが、好事魔多しである。その年の9月、大学4年生になっていた暢生叔父が突然原因不明の高熱を発し、あっけなく23歳の生涯を閉じてしまった。
暢生叔父の入院・急死でその年の前期試験を棒に振った和光叔父は、やむなくその年は休学してアルバイトに専念し、翌1953年4月から1年生をやり直すことになった。既に26歳、当然にもサークルの実質的リーダーとなり、夏休みの地方都市研究旅行で下里・太地周辺を訪れ、前期試験を挟んで再び太地に出向き、教え子や星の会の仲間と旧交を温めた。帰京後は駒場祭の準備に追われ、睡眠不足が続いていた。そして運命の11月11日。
前夜遅くまで駒場祭の準備をしていた和光叔父は午後の体育実技授業で800m走の途中倒れ、そのまま帰らぬ人となった。今ならグランドにはAED*6が備えられており、心臓発作で倒れても助かる確率が高いが、当時はそんなものもなく、しかも過労が重なり栄養状態も悪かったことが命取りとなった。あれから56回目の11月11日が間もなく訪れる。

*1 08年8月18日の余談独談である。
*2 当時、小学校上級生は丸刈りが普通だったが、叔父は頭の形にコンプレックスがあり、坊主頭になるのを嫌がっていたそうだ。伊達和光追憶集に私の祖母・伊達平野がこのエピソードを記している。
*3 追憶集には和光叔父の遺稿の一つとして、江田島から目撃した広島の原爆投下の瞬間について書いた文章が掲載されており、原爆の後遺症が和光叔父の健康を蝕んでいたのではないかとする知人の医師の追悼文も掲載されている。
*4 「南紀星の会」には新宮市出身の高名な天文学者畑中武夫氏(1914〜1063)や、アマチュア天体観測家として有名な田坂一郎氏(1929〜)も参加していたようだ。
*5 祖父・伊達四雄は富士山が大好きで、 朝鮮総督府勤務時代に東京周辺の富士山がよく見える農地4ヵ所を購入し、引退後はそのどこかに住もうと考えていた。ところが戦後の農地改革で、不在地主の土地は強制的に安値で買い取られることになり、結局武蔵野市吉祥寺の土地だけしか残らなかった。今はその土地も人手に渡ってしまった。私が初めて吉祥寺の家を訪問した時は、あたりに家が2軒しかなく、富士山も確かによく見えた。しかし、昭和30年代になると高いビルなどが建ち、空気も悪くなって富士が見えるような景色ではなくなった。
*6 自動体外式除細動器。心臓にけいれんが発生し、全身に血液が送れなくなった状態(心室細動)を自動的に判定し、電気ショックで心臓の働きを回復させる機器である。

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