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 発明協会の和歌山県支部が60周年を迎え、記念行事が11月14日から17日にかけて和歌山市のビッグホエールなどで盛大に開催された。初日は「発明の祭典inわかやま」のオープニング式典、42回目を迎えた「私たちのくふう展」表彰式などが行われ、翌15日午後には協会総裁の常陸宮・同妃両殿下、元経団連会長で協会会長の豊田章一郎氏ご夫妻らが和歌山を訪問され、全国少年少女発明クラブ創作展などを見学された。さらに16日は記念式典兼平成21年度近畿地方発明表彰式と祝賀パーティーに列席される前の午前中に、市内の鞄精機製作所本社をご視察になり、島正博社長の説明を興味深くお聞きになった。
 仁坂知事と共に私も同行したが、機械に関心が深い常陸宮さまは、デザインがコンピューターグラフィックで瞬時に決まり、ホールガーメントと名付けられた無縫製の立体横編み機でセーターやワンピースが短時間で出来上がる様子を興味深くご視察された。華子妃殿下と豊田会長夫人の博子さんは、島社長が見せたカシミヤの手袋はじめ、無縫製でゴワゴワ感がなく、しかもファッションセンスあふれる製品の数々を熱心にご覧になり、興味を引かれたご様子で、東京ではどこで買えるのかなどと訪ねておられた。さっそく知事が「フォルテ和島に行けば今でも作ってもらえますよ」と宣伝。博子夫人は式典後のパーティーの後でフォルテに出かけたようだが、残念ながらその日は時間が足りず、東京で行われるデモンストレーションの日時を聞いて、ぜひ行きたいとおっしゃっていた。帰京後、妃殿下からも製品ご購入のお問い合わせがあったそうだ。お二方の心を引き付けるファッションを生み出すホールガーメント技術が和歌山市にあることを改めて誇らしく思った。
 ところで、豊田章一郎氏といえば、言うまでもなくトヨタ自動車の名誉会長であり、トヨタ自動車工業と自動車販売が合併してトヨタ自動車株式会社になった1982年当時の社長である。そして、章一郎氏の祖父豊田佐吉*は小学校卒業後、大工となって発明に興味を持ち、豊田式木製人力織機をはじめ様々な発明をして、明治時代の我が国産業近代化に貢献し、一代で現在のトヨタの礎である豊田自動織機製作所を立ち上げた創業者である。
豊田会長は島精機本社視察中、島社長の創業前からの苦労話を熱心に聞いていたが、後で知事に「(島社長の)話を聞いていて自分の祖父(佐吉のこと)に教えてもらっているような気がした。私は直接祖父から話を聞けなかったが、きっと島社長のような人だったのだろうと思い感銘した」と述懐していたのを耳にした。島正博社長と和島興産社長である和代夫人は今年が結婚50周年で、翌17日夜、金婚祝賀パーティーが開かれた。その席で仁坂知事がこのエピソードを披露していたが、とてもいい話なので、私もこのコラムで紹介させていただくことにした。島ご夫妻にとっても素晴らしい記念になったに違いない。

*竃L田自動織機のHPによると、豊田佐吉(1867〜1930)は豊田式木製人力織機のほか、1896年には豊田式木鉄混製動力織機、1906年には環状織機、1924年には無停止杼換式豊田自動織機を発明する一方、1902年に豊田商会を設立、1924年には豊田自動織機製作所を設立した。豊田章一郎氏は1925年生まれで、5歳の時に佐吉が死去しているので、直接教えを受けることはなかったようだ。


 11月17日、島精機製作所を見学された常陸宮・同妃殿下(中央)に、
説明役の島社長(右)を差し置いて、生意気にも何事か説明している私



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