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史上初
 昨年8月30日の総選挙は、与野党の大逆転――政権交代という大ニュースの陰に隠れてほとんど取り上げられなかったが、実は憲政史上初の大きな出来事がもう一つあった。それは女性が54人も当選し、衆院議員総数の10%を超え、11.25%になったことである。
 わが国の女性が参政権を得たのは戦後のことである。1945年12月17日、幣原喜重郎内閣の下で選挙法が改正され、20歳以上の男女すべてが選挙権を、25歳以上の男女すべてが衆院選の被選挙権を持つことになった。その翌日に帝国議会は解散し、戦後初となる第22回総選挙が、翌1946年4月10日に行われた。新憲法の制定前だったが、79人の女性が立候補し、39人が当選を果たしたのである。しかし、1年後に行われた新憲法下初となる第23回総選挙(1947年4月25日)では女性当選者は一気に15人に減ってしまった。選挙の方法が大選挙区2名連記制から中選挙区単記制に変わったことが影響したといわれる*1。
 以後93年の第40回まで計18回行われた中選挙区選挙では、女性の当選者が毎回少なく、1947年の15人を超えることがなく、2桁の当選者を出したのは6回だけで、平均当選者数は9.28人、全衆院議員に占める女性の比率は平均2.35%、最少は1976年の第34回で6人だった。実は、この時の定数は511で、現在より31も多い。戦後466でスタートした定数が、「不均衡是正」を名目に67年には486、76年には511に増やされた*2にもかかわらず、女性の当選者が6人だった*3わけで、この時、女性の議席占有率は1.17%であった。
 一方、参院は、定数が衆院の約半分で、3年ごとに半数が改選されるシステムのため、1947年の第1回選挙を除き、毎回の総当選者数は衆院の1/4程度に過ぎない。ところが参院では最も女性当選者が少なかった時*4でも5人が当選者しており、昭和に行われた13回(定数250の第1回は除外)の女性当選者数の平均は7.85人で、女性の議席占有率の平均は6.17%だった。中選挙区で行われた昭和の衆院選の平均女性当選数は8.81人で、女性の議席占有率の平均は1.82%に過ぎず、参院の方が女性の比率がずっと高かった。
 なぜ参院の方が女性議員の比率が高いのか。参院は最初から地方区*5と全国区(83年以降は比例代表区)の2票制で、地方区より比例区(旧全国区も含む)の女性当選者が多かったことから推測すると、全国区(名前でも政党名でも投票可能な現在の非拘束名簿式比例代表制を含む)は、知名度と組織力が当選の重要なカギを握るため、比較的女性が進出しやすいし、政党が当選順位を決める拘束名簿式の比例選挙(83〜98年)も名簿順の上位に女性を載せる方が票が集まるという「神話」があって、各党とも女性を優遇したことが大きな要素と考えられる。衆院選も小選挙区比例代表並立制*6が採用された96年の第41回総選挙以後、女性当選者が急増し*7、昨年の総選挙で50人台に達したのである。


*1 2名連記の投票だと、「2人目は女性にしておこう」という心理が働くようで、特に初めて参政権を得た女性の投票行動にそれが表れたといわれる。
*2 不均衡是正以外に、戦後米軍占領下にあった奄美群島が1953年12月に日本に復帰し、翌年4月、定数1の衆院奄美群島特別区が誕生した(現在は鹿児島1区に含まれている)ことで1増、1972年5月の沖縄返還を前に、沖縄住民の意思を国政反映させるためということで、衆院沖縄全県区(定数5)参院沖縄選挙区(定数2)が誕生、同年11月に初の両院選挙が行われた。86年には8選挙区で定数増、7選挙区で減員という8増7減の定数是正が行われ、定数は512になったが、92年には9増10減の是正実施で511に戻った。93年、細川政権の下で、いわゆる政治改革によって中選挙区制が廃止され、小選挙区比例代表並立制に移行した時、定数も500(小選挙区300、比例ブロック200)に減らされ、さらに、2000年に比例の定数が20減となり、現在の480人になった。
*3 この時の女性立候補者は25人だった。
*4 1950年の第2回、56年の第4回、68年の第8回の3回が5人当選で、あとは最少でも8人当選している。
*5 全国区が比例代表制になった83年以後、地方区は「選挙区」と呼ばれるようになったが、紛らわしいので地方区で統一する。
*6 衆院の比例代表制は拘束名簿式だが、選挙区との重複立候補が認められ、重複立候補者は同じ順位に並べることが可能だ。この場合、選挙区の「惜敗率」で当選順位が決まる。
*7 41回(96年)は23人が当選(小選挙区7、比例16)、以後42回(00年)は35人(小選挙区13、比例22)、43回(03年)は34人(小選挙区14、比例20)、44回(05年)は43人(小選挙区19、比例24)、そして昨年の45回、54人は小選挙区24人、比例30人という内訳だった。なお、3月8日の「国際女性の日」に列国議会同盟(本部・ジュネーブ)が発表した世界187カ国議会の女性議員比率ランキングでは、1位ルワンダ56.3%、2位スウェーデン46.4%、3位南アフリカ44.5%で各国平均は18.8%、日本は97位だった。ただし、この比較は一院制の国もあることから、下院(日本でいえば衆院)議員のみの比較であり、国会議員全部で比較すると日本はもう少し上位となる可能性があるが、いずれにしても、世界的に見ればかなり低い比率であることは間違いない。


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