I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談



ザ・コーヴ(下)
 「ザ・コーヴ」の第82回アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞に関連して、引き続き反イルカ漁キャンペーンや「シーシェパード」などの反捕鯨運動に関する疑問について書く。
 米国で反捕鯨の動きが強まったのはそんなに古いことではない。元々は世界有数の捕鯨国で、米文学の傑作といわれる「白鯨*1」を例に引くまでもなく、19世紀には照明用の油を取るために太平洋のクジラを乱獲していた。ただ、鯨肉を食べる習慣はなく、油を取った後のクジラは、そのまま海に放置されたようだ。1853年、黒船を率いて浦賀に来たペリー提督は捕鯨船の水・食料補給基地を求めて日本に開港を迫ったというのが通説である。
 米国が商業捕鯨を停止するのは1972年である。前回も少し触れたが、当時はベトナム戦争(1964〜75)の泥沼化で米国が窮地に陥り、国内の反戦グループが、枯葉剤などによるインドシナ半島の環境破壊を取り上げて政府を糾弾し、反戦運動が激化していた。その目をそらすために考え出したのがクジラを自然保護のシンボルにした環境キャンペーンで、反戦運動家を巧みに反捕鯨へと誘導し、政府批判を和らげたという見方が根強くある。
 欧米人は昔から陸上の哺乳類の肉を蛋白源にしてきた。従って牛や豚を食べることは彼らにとって当然の営みである。なのに、なぜクジラやイルカはいけないのか、というのが素朴な疑問だが、彼らは「知能が高い哺乳類だから食べてはいけない」という。変な論理で、裏返せば知能が低ければ食べてもいいとなり、一種の差別思想である。そもそも、クジラの仲間だけが彼らの食する哺乳類より知能が高いとするのは科学的ではない。トラックで解体場に運ばれる途中で、牛が集団脱走したという話は何度も聞いたことがある。牛だって賢いのである。反捕鯨の論理は、クジラやイルカを食べるのは自分たちの食習慣に合わないから野蛮で、日本人は食習慣を変えろと要求しているレベルの話でしかない。
 さて、イスラム教徒は豚肉を食べない。これはコーランの教えによるタブーで、どの国のホテルにも豚肉を使わないイスラム教徒用メニューがあり、彼らは絶対といっていいほどこの教えを守る。またインドのヒンズー教徒にとって牛は「聖なる動物」であり、彼らは乳製品なら食べるが、牛肉は食べない*2のである。だがイスラム教徒もヒンズー教徒も、豚や牛を食べないという自分たちの食習慣を他の宗派や民族に押し付けたりはしない。
 反捕鯨派の言い分が理不尽なのは明白だが、彼らは話して分かるような連中ではない。我々が意地になって「食文化を守るために絶対に捕鯨を続ける」と突っ張るのは余り得策ではない。一歩譲ることも必要だ。日本人がクジラを食べないと生きていけないわけではないし、クジラ料理が本当に好きな日本人が圧倒的多数だとは思えないからだ。米国でもアラスカの先住民*3による捕鯨は続いており、太地などで行われてきた伝統捕鯨と、それによるクジラ食は文化として守るべきだということに論点を絞るべきだと思うがどうか。


*1 「白鯨」は米国の作家ハーマン・メルヴィル(1819〜1891)の代表作。捕鯨船に乗り組んでいた経験を下敷きに、伝説の白鯨(モビー・ディック)と、白鯨に片足を奪われたエイハブ船長の死闘を描いている。ただ、モビー・ディックは神の象徴として、エイハブ船長は神に逆らい皆を道連れにする「悪の権化」風に描かれていることも事実である。
*2 ヒンズー教徒は基本的にはベジタリアンで、牛以外の肉食もあまりしないという。ただ自国を離れると結構牛肉も食べているという説もある。
*3 アラスカ先住民にはいくつもの民族があり、かつて「エスキモー」と総称されていたが、この呼び方に差別的な意味があるとされ、最近は単に「アラスカ先住民」と呼ぶことが多い。彼らは1000年以上にわたって、捕鯨をはじめ、アザラシなどの海獣、トナカイなどの哺乳類を狩猟して生活してきた。反捕鯨運動の中心となっている米国でも、アラスカ先住民の捕鯨活動には目をつぶっており、国際捕鯨委員会(IWC)は彼らの捕鯨を「先住民生存捕鯨」として認めている。


<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp