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36.45%
 1日投開票の和歌山市長選で、何とか3選を果たさせていただくことができた。まずは支えていただいた皆様に感謝し、いただいた1票1票の重みをかみしめたい。3期目も、これまで同様、信頼される市政を進め、誇りを持って住めるまちづくりに全力を挙げますので、ご支援いただいた市民の皆様には、まちを磨き上げ、輝くまちにする取り組みに、ぜひ率先して参加し、提案・提言をいただくとともに、積極的なご協力をお願いします。
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 それにしても衝撃的な低投票率だった。過去最低だったのは4年前で、2期目を目指す私と、県議を辞職して出馬した2人、獄中から市議会議員にトップ当選し、その後保釈された前市長の4人による激戦*1といわれ、06年7月30日投開票で行われたが、投票率は44.42%で、それまでで最も低かった78年6月の47.46%*2を3ポイント近く下回った。今回はその最低記録をさらに約8ポイントも下回る36.45%まで落ち込んだのである。
 90年代以後、市長選の投票率はずっと低く、良くて57〜58%という状況だったが、それに輪をかけたのが、02年7月、市立大学創設の議案を議会に否決された前市長が「設置の是非を市民に問う」として辞職→再出馬したため、毎回真夏の選挙となってしまったことである。お盆明けに行われた前市長辞職に伴う02年8月25日の選挙は、前市長と私の事実上の一騎打ち*3となり、大激戦といわれたが、投票率は48.16%にとどまり、7期ぶりに50%を割り込んだ。そして、私の2期目、3期目と投票率は下がる一方なのである。
 そもそも夏休み期間中の日曜は子供連れで遠出する人が多く、高齢の方は暑さを避けて家にこもるため、選挙には向いていない時期だ。今回は例年にも増して暑かったうえ、告示2週間前の7月11日投開票で参院選が行われた関係で、マスコミ報道も参院選一色となり、市長選は全く陰に隠れてしまった。参院選挙期間中は政党以外の政治活動が禁じられるので、6月末から7月初旬という最も大事な時期に、無所属の私は、政策パンフレット配布もできなかった。政党だけが町中にポスターを張り出せるということも含め、現在の選挙制度が、政党同士の戦いとなる国政選挙優先にできているのは大きな問題だと思う。
 さて、今回私に投票してくださった方は54,344人、6月になって出馬表明した前和歌山大学学長との差はわずか8,619票だった*4。8年前、私が初当選した時獲得した票は93,668票だったので、8年間で何と39,324票も減らしたことになる。実は8年前の投票者の総数と今回の数を比べると、当日有権者数の減少と投票率の低下で37,381人も減っている。ということは、投票数の減少分と私への票の減少分がほぼ合致するわけで、私に対する反対票は8年前も今もあまり変わっていないことになる。私としては、これを現職への厳しい批判と失望の表れと受け止め、改めて初心に帰って「信頼の市政」を進める決意である。


*1 2期目の選挙は他にも2人立候補しており、総勢6人による選挙戦だった。結果は大橋71,112、他の候補者の合計が65,333だった。
*2 1978年は宇治田省三市長の4選目で、無風に近い選挙といわれた。
*3 結果は、私が93,668票、前市長は43,181票で、他に3人が立候補し、合わせて約1万票獲得していた。
*4 もう一人の共産党推薦女性候補は11,818票だった。




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