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はやぶさ物語
 今年感動的だった出来事は小惑星探査機「はやぶさ」の帰還である。後にイトカワと命名された小惑星*1の岩石片を地球に持ち帰るために03年5月9日に種子島から打ち上げられた「はやぶさ」は、イオンエンジン*2による2年余の旅を経て05年9月にイトカワの姿を捉える位置*3に接近しラッコに似た形のイトカワ撮影に成功、写真を地球に送った。
 3つの姿勢制御装置のうち2つが故障するなどのトラブルを克服しつつサンプル採取のための接地準備に入り、11月12日、イトカワの地表に降ろして移動しながら探査するロボット「ミネルヴァ」を投下したが着陸に失敗、20日に「はやぶさ」自身のタッチダウン*4が試みられた。だが、降下途中に障害物を発見したと誤認して自ら作業を中止し、いったん上昇後、再降下、イトカワの地表に不時着した。通信が途絶中で管制室は状況をつかめないまま、異常と判断し緊急指令で「はやぶさ」を離陸させた*5。26日、再度タッチダウンを行い、計画通りサンプル回収用の弾丸を発射して*6、1秒後に再離陸に成功した。


はやぶさがとらえた小惑星イトカワ=JAXA提供

 だが、帰路は燃料が探査機内に漏れる事故に始まり、それが原因と見られる温度低下でバッテリーが放電、システムの電源系統の不調を招き、姿勢制御が困難になったのを皮切りに致命的と思われる故障が続発、満身創痍の帰還飛行となった。一度は成功したキセノンガス*7噴射による姿勢制御も、再度の燃料漏れでうまくいかず、通信途絶が何度も発生、「はやぶさ」は位置情報を出すだけで、指令が全く届かない状況に陥った。このため、慣性で太陽を周回する間のチャンスをとらえ、放電したバッテリーを回復させて、通信による指令に反応するのを気長に待つことになり、07年夏予定だった帰還は3年延期された*8。
 06年3月ごろから管制室による操作が徐々に可能になり、充電にも成功して07年4月に帰還のための巡航を開始、その後何度かイオンエンジンが停止する*9トラブルがあったが、何とか切り抜けて今年1月に地球に帰還する軌道に入り、次第に地球に接近、4月16日、オーストラリア政府が国内*10へのカプセル落下を許可、13日に運命の日を迎えた。
 「はやぶさ」はサンプル入りカプセル切り離しに成功、最後の地球撮影を果たし、その写真を送信中に大気圏に再突入、飛行を終えて夜空に一筋の光を残して消えた。カプセルは地球上空5kmでパラシュートを開き軟着陸、16時間30分後に豪州の砂漠で回収された。
 和歌山市のこども科学館プラネタリウムで12月5日まで放映中の「はやぶさ物語*11」を先日見て、13日にはオーストラリアにカプセル回収に出かけた尾久土正己・和歌山大教授の「はやぶさ君60億kmの旅の物語」講演を聞いた*12。傷だらけになりながら決してあきらめず、任務を果たした後、わが身を引き換えに、「わが子」を地球に送り届けた「はやぶさ」の天晴れな“一代記”は、何度聞いても涙があふれて止まらず、恥ずかしかった。



<このコラムを書くに当たっては市立こども科学館の津村光則さんに多数のご教示をいただいた>
*1 「はやぶさ」打ち上げ当時、米国の研究所が1998年9月26日に発見したイトカワには名前がなく、小惑星25143=1998SF36と番号で呼ばれていた。「はやぶさ」の目的地となったため、日本の宇宙科学研究所が、日本のロケット工学の先駆者・糸川英夫にちなみ、「イトカワ」と命名したいと発見者に申し入れ、打ち上げ3ヵ月後、認められた。
*2 イオンエンジンは、炎を噴射しながら飛ぶロケットエンジンと違って、キセノンという気体を電気でイオン化し、電気を使って噴出させる。必要な電気は「はやぶさ」の翼のような太陽光パネルで蓄積できるので、普通のロケットエンジンのように燃料を燃やすための酸素を積む必要がなく、探査機を軽量化できる。
*3 05年9月12日、イトカワから20kmに静止、この段階でイトカワとのランデブー成功とされた。
*4 「はやぶさ」本体をイトカワに接地させ、サンプル採取用弾丸を撃ち込み、直ちに回収して1秒間で離陸するという過程をタッチダウンと呼ぶらしい。
*5 不時着時、イトカワの地表で「はやぶさ」は2バウンド、約30分間地表に滞在した。月以外の天体に着陸した探査機が再び離陸に成功したのは世界でも初の快挙である。
*6 12月に入って「はやぶさ」からの情報を解析した結果、タッチダウンの際、なぜか「弾丸発射中止」のコマンドが出され、弾丸が発射されず、サンプル採集ができなかった可能性があることが分かった。しかし、1回目の30分にわたる不時着の際に採集されていたことがかなり期待できるため、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、帰還後カプセルの回収物を細かく分析する作業を続けた。11月16日にJAXAはカプセル内から見つかった微粒子のほぼすべてがイトカワのものと判断できると発表、今回のはやぶさの旅が、地球や太陽系の期限を探る重要な手がかりを得ることにつながる快挙であることが証明された。
*7 キセノンガスはイオンエンジン推進剤で、その一部を姿勢制御のために使ったわけである。
*8 帰還を2010年6月に延期したことは12月14日に発表された。
*9 4つのイオンエンジンのうちAは打ち上げ直後に停止、07年4月にBがストップし、09年11月にDが止まった。このためAの中和機とBのイオン源を連結して運転、Cは万一の予備と位置づけられ、最後まで温存された。これとは別に09年8月に、宇宙放射線を浴びてイオンエンジンが自動停止、セーフホールドモードに移行していることが判明、これは9月に回復した。
*10 オーストラリアのウーメラ立ち入り制限区域という砂漠への着陸が許可された。
*11 市立こども科学館で投影中の「はやぶさ物語」は、高崎市少年科学館が制作したもので、他に1館でしか現在は放映されていない。プラネタリウム用にはもうひとつ「HAYABUSA Back to the Earth」という全天用コンピューターグラフィックスのバージョンがあり、現在多くのプラネタリウムで上映されている。和歌山市でもマリーナシティーのわかやま館で放映中だ。
*12 尾久土教授らの尽力で、「はやぶさ」が持ち帰ったカプセルが、年明けに和歌山市内で展示されることが内定している。

写真はいずれも和歌山市立こども科学館の「はやぶさ物語」パンフレットから
宇宙空間を飛行するはやぶさの想像図=高崎市少年科学館、AND You提供 2010年6月13日、カプセルを地上に還し、自らは大気圏に突入、一筋の光となって使命を終えた「はやぶさ」=和歌山大学宇宙教育研究所提供



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