I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談



「ほう」が気になる
 外に食事に出かけて気になるのは店員の言葉遣いである。最近はどこの店に行っても、「お席のほう(に)ご案内します」「お履き物のほう(は)こちらにお願いします」「お飲み物のほう(は)どうなさいますか」「ご注文のほう(は)お決まりでしょうか」「ビールのほう(を)お持ちしました」「お勘定のほう(は)こちらでお願いします」という具合に、猛烈な“ホウ攻撃”に遭うのが普通だ。こういう耳障りな言葉を「ほうほう言葉」と言い、「ほうほう言葉」を使う人たちを、「野放図」をもじって「のほうズ」と呼ぶそうだ。
 コンビニやファストフード店でも「ほうほう言葉」は隆盛で、最近は市役所の職員でさえ、「記者会見のほう、準備できました」とか、「打ち合わせのほう、お願いします」と平気で使う。時には車で出先に向かう途中、「市長のほう、まもなく到着します」などと電話で連絡するので、さすがに秘書課の若い衆には注意したが、それでも勢いは止まらない。
 お客さんとの応対の言葉遣いは、役所の窓口でもコンビニや飲食店でも、先輩の応対ぶりを見習って覚えていくものなので、元を断たないことには「ほうほう言葉」の蔓延を止めるのは困難で、現状では、指導する方が「ほうほうの体」で退散する羽目に陥っている。
 なぜ「ほうほう言葉」が使われるのか。気分としてはおそらく、応対するお客さんに色々なことを聞きたいと思っているので、順に聞くために「まず××のほうは」「次に○○のほうは」「それから△△のほうはどうされますか」というつもりで使っていると思われる。それが蔓延して、設問が元々一つしかなくても「〜〜のほう」というクセがつき、それを普通の言い方と勘違いして指導する人や覚える人が増えてきた――という経過だろう。
 それともう一つは、ストレートな表現を「きつい」と感じる日本人の感覚があり、特に客相手の時は、努めて断定調を避け、なるべくソフトに感じるような言い回しをした方が無難だという考え方が、結果的に日本語を乱してきたとも言えるのではないだろううか。
 本文最初の段落の店員言葉にしても、「のほう」を使わずに、カッコの中の助詞を省いて読むと、確かにきつい感じがする。助詞を省略しなければ、さほどでもないのだが、助詞は省いたまま「の方」を付けてきつさを和らげる手法が編み出され、広まったように思う。
 もう一つ、最近耳につくのが「〜〜してございます」という言い回しだ。辞書には「ございます」は「ある」「あります」の丁寧な表現とあり、動詞に続く「いる」の丁寧語ではないことになっている。従って動詞の後につく「考えてございます」とか「笑ってございます」という言い方は本来間違いだ。ただ、「ございます」は文語の「ござる」の丁寧語*で、その「ござる」は「ある」の丁寧語であると同時に「いる」の尊敬語としても使われているので話がややこしい。敬語に疎い現代人は大のおとなでも混同してしまうようだ。



*童謡「見てござる」は「村のはずれのお地蔵さんは いつもにこにこ見てござる」と歌われるが、これはお地蔵さんを尊敬して「見ていらっしゃる」という意味で使った表現で、「見てございます」と訳したら誤りである。
<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp