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口癖が気になる
 前回の「気になるシリーズ」で書いた「のほう」や「してございます」もそうだが、怖いのは、それが口癖(くちぐせ)になって、よほど意識して気をつけないと、つい口から出てしまうことだ。他にも、いろいろな口癖はあるが、それを連発されると、話の内容より口癖のほうが気になって、せっかくの良い話が伝わらなくなってしまうことがある。
 ある有名なスポーツ評論家が毎週ラジオで前週のスポーツの話題を語るのを聞くが、しばしば「〜〜という気がしてしょうがありません」という言葉が出る。投書などで指摘されて、本人も気にはしているようで、なるべく「〜〜という気がします」でとめようとしているが、リラックスするとまた「〜〜な気がしてしょうがありません」に戻ってしまう。
 15年ぐらい前だと思うが、テレビの競馬中継のMCをしていた元女子アナが、各レースの結果と配当金をしゃべったあと、必ず「〜〜という結果に終わっています」と言っていたのがひどく気になった覚えがある。辞書を引けばわかることだが、「〜〜に終わる」という言い方は、「結局、不本意な結果になる」「好ましくない結果だけが残る」*1という意味で、確かに、馬券が外れた人には「不本意な結果」に違いないが、勝ち馬や勝利騎手・馬主、馬券を当てた人には失礼な言い方なのである。元アナウンサーがこんなことも知らないとは、とあきれたのである。もっとも最近の女子アナならこんなことは当たり前だが。
 マイナスイメージはないが、段取りを説明する時に、「〜〜という形になります」と必ず付く人もいれば、野球解説者で「左打者という部分で」とか「スタミナという部分に」などと、やたら「部分」という言葉を使う人がいる。この「ブブン言葉」はかなり広まっていて、市役所でも「そういう部分があります」などと「部分」を乱発する職員は多い。
 「いちおう」という言い回しもかなり気になる。「一応、こう決めました」「一応、配っておきました」「話は一応してきたのですが」「一応、了解してくれました」……。報告に来た市職員が「一応」を乱発すると、報告内容がいい加減なもののように思えてしまうのだが、報告する側は全く気が付いていないようだから、口癖というのは本当に恐ろしい。
 しかし、誰でも口癖はあるもので、先日、講演を聞きに行ったら、講師の大学教授が「こういう状況のお子さんを持っている状況のお母さんが、昔の状況に比べて、非常にたくさんいるという状況が今の状況なのです」と「状況だらけ」の話をしていたし、古い私の友人には、何を言う時も「要するに」がアタマにつき、酒に酔ってくると「要するに要するに要するに」と連発するばかりで、何を言ってるのか、ちっとも要を得ない男もいた。
 ではかく言う私に口癖はないのか。実はあいさつをしていて「まあ*2」とか「結構*3」という言葉を使うことが、「まあ、結構」あるのだ。気にしているが、なかなか直らない。



*1 「結局、不本意な結果になる」は広辞苑、「好ましくない結果だけが残る」は日本語大辞典。
*2 「まあ」というと、田中角栄元首相の口癖「まあそのー」を連想するが、何かの言葉に「まあ」を付けると、「一応」と同様、何となくいい加減に聞こえるので避けたいと思っているのだが…。
*3 「よく」「しばしば」ほどではないが、「たまに」よりも多い頻度を示したい時、「〜〜することが結構あります」と言ってしまう。代わりの言葉が意外に難しく、よい知恵があったら教えていただきたい。
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