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全国植樹祭
 第62回全国植樹祭*1が5月22日(日)に和歌山県で1977(昭和52)年以来34年ぶりに開催され、東日本大震災以後、被災地や避難所を慰問される予定が目白押しで大変お忙しい天皇皇后両陛下にも例年通りご臨席いただいた。会場が和歌山市内なら私もてんてこ舞いしなければならないところだが、幸い?にも田辺市の新庄総合公園で開催されたため、割と気楽な立場で、両陛下もご出席の21日夜のレセプション*2から出席させてもらった。
 東日本大震災発生以前のプランでは、両陛下は植樹祭終了後も紀南方面で2泊され、日本とトルコの友好の原点であるエルトゥールル号*3遭難者救助の地・串本と、世界遺産の熊野三山周辺を訪問される計画だったが、震災でそれらはすべて中止となり、お泊まりは21日夜だけとなった。同日正午にチャーター機で白浜空港に到着の予定だったが、霧による視界不良で2時間も遅れたため、この日ご訪問予定の場所はすべてキャンセルとなった。
 前日からこんな空模様だったから、一番心配されたのは22日当日の天候である。県中部の予報は曇りのち雨で、降水確率は午前30%、午後60%。式典は昼過ぎに終わるスケジュールだったので、何とか午前中だけでも持ってくれれば、と関係者みんなが必死で願ったが、朝、宿泊先のホテルで空を見上げると、いつ降ってもおかしくないどんよりとした曇り空で、午前8時半過ぎ、会場に向かうバスから外を見ると、早くも傘をさして歩く人の姿があちこちに見え、「こりゃアカンワ」。会場は警備上の都合*4で傘の持ち込みが出来ず、主催者が支給したポンチョ型の雨合羽を頭からかぶって雨をしのぐほかないのである。
 会場に着いてしばらくはパラパラの小雨だったので、とりあえずトイレにと思って、着席のため一旦降りた長い階段を再び上がったら、同じ思いでトイレを待つ人たちが長ーい行列。県内外から3800人以上の人が集まっているのだから、これもしょうがないかと思ってじっと我慢の十数分、やっと用を足して席に戻ったころから雨が激しくなり始めた。
 まだ10時前、予報とはエライ違いだとぼやきながら合羽を羽織って開会を待った。雨脚は激しくなる一方で、10時17分に始まったホラ貝と太鼓の屋外演奏はびしょぬれの熱演となり、神話をモチーフに木の国誕生を伝える舞踊*5にも観客が集中できないありさま。「このまま降り続いたら最後までやるのは無理では?」と心配したくなるほどだった。
 そして10時58分、予定通り天皇皇后両陛下が会場にご到着になった。大会会長で国土緑化推進機構会長の横路孝弘衆議院議長、仁坂吉伸県知事、緑化推進連絡会議議長の鹿野道彦農林水産大臣らのお出迎えで両陛下が舞台に入られたとたん、あんなに降っていた雨がピタッと止んだのである。以後、両陛下のお手植え、お手播き、愛樹の誓い*6などを経て両陛下が退席されるまで50分余、雨は全く降らず式典は無事終わった*7。奇跡である。



*1 豊かな国土の基盤である森林・緑に対する国民的理解を深めるため、毎年新緑の季節に(社)国土緑化推進機構と開催都道府県の共催で行われる行事。今年は、99年に開催された「南紀熊野体験博」のメーン会場だった田辺市の新庄総合公園を再利用することで、環境に配慮し経費節減も図ったのが特色で、例年にも増して緑を大切にする植樹祭となった。なお、77年の第28回植樹祭は那智勝浦町の那智高原で行われた。
*2 レセプションは21日夕刻からみなべ町のホテルで開催され、衆院議長、農水大臣、県選出国会議員、県議会議員、市長村長、県内外の招待者など数百人が参加した。両陛下は30分間ご臨席された。
*3 1890年9月16日深夜、日本訪問の帰途にあったトルコ海軍の艦船エルトゥールル号は和歌山県串本町大島の樫野埼沖で台風による強風にあおられ岩礁に激突、655人の乗組員のうち587人が死亡または行方不明になった。樫野埼灯台下に流れ着いた生存者の知らせで当時の大島村民挙げての救助活動が展開され、69人を助けることができたことから、以来トルコでは串本町に強い感謝の思いを抱き、これが日本トルコの友好関係の礎になっている。
*4 凶器となりうる金属製品という意味で傘の持ち込みは禁止されるが、観客全員が傘をさしたら舞台がまるで見えなくなることからも妥当なことである。それにしてもこうした行事の警備は大変で、県警と県関係者のご苦労をお察しする。
*5 太鼓は「奥熊野太鼓」、ホラ貝は「熊野の修験者」舞踊は「りら創造芸術高等専門学校」の皆さんが担当した。雨では音が出なくなる太鼓には念入りにラップが巻きつけられていた。
*6 緑の少年団と、りら創造芸術高等専門学校が舞台で踊り、和歌山児童合唱団と県立田辺中学・高校の合唱部が坂本冬美さんと共に歌った。なかなか素晴らしい歌で、両陛下も感心して聞きいっておられた。なお、坂本冬美さんは国旗など掲揚時に「君が代」を歌ったが、小節が回って「さすが坂本冬美」と思わせた。
*7 実は両陛下ご退席後のエピローグに入ってから、少しだけだがポツポツと雨がまた振り出した。不思議だが本当の話である。


開会前の全国植樹祭会場は雨が激しく降り、参加者は全員雨合羽姿で天皇皇后両陛下ご到着を待った

みどりの少年団メンバーの介添えでお手植えをされる天皇皇后両陛下

両陛下ご退席後のフィナーレ。(左から)りら創造芸術高等専修学校メンバー、みどりの少年団、シンボルキャラクター「キノピー」、坂本冬美さん、県立田辺中学・高校合唱部(後方)


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