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農業コンクール
 全国農業コンクールの第60回という節目の全国大会が、秋篠宮殿下と紀子妃殿下のご臨席*1をいただき7月14日に和歌山市で開催された。農業コンクールは、創意工夫により高収益の農業経営と快適な生活を実現した農家が実績を発表・紹介し、日本の農業の発展と農村地域の活性化に役立てるという趣旨で、毎日新聞社が1954(昭和27)年から始めた。毎年の開催場所は各都道府県持ち回りで、開催都道府県との共催という形を取っている。
 和歌山での開催は75年8月21〜22日の第24回大会以来36年ぶりだ。36年前は、私は毎日新聞大阪本社整理部の記者で、父は和歌山県知事だった。この時は、安倍元首相の父で毎日新聞OBの安倍晋太郎農林大臣(当時)が和歌山を訪れ、大会であいさつした*2。なぜそんなことを覚えているかというと、それから1ヵ月も経たない9月15日に父が大動脈瘤破裂で倒れ、10月4日に死去したからで、農業コンクールは父の最後に近い仕事だった。そんな思い出のある農業コンクールなので、今回、開催地の市長として、両殿下ご臨席の開会式で歓迎あいさつの機会を得たことは、私にとって非常に感慨深いものだった。
 さて、和歌山県といえば、まず梅とみかん、八朔などの柑橘類を思い出す人が多いが、他にも柿、桃、ブドウ、梨、いちご、びわ、いちじく、スイカ、キーウィなどいろいろな果樹の生産も盛んで、作付けしていないものはないといわれる*3ほどの「果樹王国」だが、これは水田に適した平野部が少なく、稲作に向いていない*4ため、その地形でも生産できるものを作らざるを得ない農家の苦肉の策から生まれた創意工夫の結果だとも言える。
 ただ、和歌山市の場合は紀の川両岸に平野部が広がっており、県内では最も水田が多いので、コメの生産量は県内一、市内の小学校の米飯給食には地元産のキヌヒカリが使用されている。京阪神の近郊という地の利を生かし、コメの裏作にはホウレンソウ、小松菜など葉物野菜、海に近い沿岸部では砂地で育つ大根、ニンジン、ショウガなど根茎野菜類を生産し、山間地区のタケノコとともに、新鮮さと味を売りに近畿の都市に供給してきた。
 とくに新ショウガは高品質が評判で、高級すし店で使用される「ガリ」は和歌山産がほとんどだといわれる。農商工連携で開発された丸搾りジンジャーエールについては前にも書いた*5が、今回の農業コンクール前日に、秋篠宮、同妃両殿下との夕食会が開かれ、知事、朝比奈毎日新聞社社長*6、県議会・市議会両議長と私などが参加させていただいたが、その席にもこのジンジャーエールが出され、紀子妃殿下も、おいしそうに飲んでおられた。
 私は、妃殿下の隣席だったので、少し緊張したが、妃殿下が中高校時代に通われた学習院女子中・高等科は私が通った都立戸山高の隣だったので、そんな思い出話をしたら、妃殿下がニコニコして「私の父も戸山なんです」と言って下さった*7ので、うれしかった。



*1 全国農業コンクールに皇室がご臨席になったのは山口市で開催された第50回の記念大会以来で、その時は紀宮さまが臨席された。
*2 当時、現在の農林水産省は農林省だった。今回、鹿野道彦農水相は公務の都合ということで来なかった。
*3 リンゴも紀の川市などで生産している。
*4 県内農産物全体に占めるコメの割合は7%程度といわれる。
*5 和歌山ジンジャーエールについては昨年5月6日の余談独談で書いた。この農業コンクールでも、わかやま生姜生産販売連絡協議会の「『和歌山の新しょうが』地域ブランドの実現に向けて」と題した発表が名誉賞(農林水産大臣賞)に輝いた。
*6 朝比奈社長は私と同期の1971年入社で主に社会部で活躍、静岡、浦和(現埼玉)支局長も務めた。
*7 紀子妃殿下の父・学習院大学教授の川嶋辰彦氏は1959年都立戸山高校卒で、私より6年先輩である。東大経済学部、同大学院経済研究科修士終了後、米ペンシルベニア大学で修士、博士課程を修了、73年に学習院大学の助教授となった。


7月14日、和歌山市民会館で開かれた第60回全国農業コンクール全国大会開会式で、秋篠宮殿下、妃殿下ご臨席の下、参加者に歓迎あいさつ


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