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通夜と葬儀
 こんな仕事をしていると、葬儀や通夜への出席回数が多い。故人との最後の別れであり、ご本人はもちろん、ご遺族をよく知っている場合はできるだけ出るよう心掛けてきた*1ので、通夜と葬儀を合わせると、昨年1年間で計67回、月平均5〜6回参列している。
 いろいろな宗教の式に参列してきた経験によると、仏教各派、神式、新旧キリスト教、その他の宗教それぞれで儀式の進め方は当然異なるが、それ以外に地域による形式の違いも大きい*2。私が一番驚いたのは和歌山市内のカトリック教会で参列した時に焼香台が置いてあったことだ。後で「香を焚くのは仏教だけの習慣ではない。焼香はキリスト教と矛盾しない」と教会関係者から聞いたが、一種の「郷に入ったら郷に従え」かと感心した。
 話が少しそれる。キリスト教や無宗教の葬儀では、菊などの白い花を献花するのが普通だが、これも実は日本独特の形式だろう。献花の作法は、神道の玉ぐし奉奠をまねたとしか思えないしぐさであり、諸外国でもこのような献花をしているとは思えないからだ。
 さて、一般的な仏式の通夜儀式は、開式後、読経がある程度進んでから、まず喪主はじめ親族が焼香し、それが終わってから一般参列者の焼香となる。関東ではこの後通夜振る舞い*3と称して、一般参列者にも声をかけ、別室で「精進落とし」の酒と鮨などを出すのが普通だ。だが関西には全くこの風習はない。東京周辺では通夜の開始時間が普通午後6時で、関西は午後7時が一般的だが、この差は通夜振る舞いの有無と関係しているようだ。
 実は、和歌山市周辺で行われる仏式の通夜・葬儀には特筆すべき「合理的」慣習がある。僧侶が着座して読経が始まるとすぐ(長くても5分以内で)、一般の参列者から先に焼香が始まる。参列者は、焼香を終えると、喪主や葬儀委員長、親族が並ぶ通路を立礼を受けながら退出、特に縁の深い人だけが席に戻る。そして一般参列者の焼香が一段落したころから親族の焼香に移るので、故人や遺族と縁の深い人以外は、たいてい30分以内で帰れる。
 極めて合理的なやり方で、開式後15分ほどで駐車場も空き始めるので、遅れて参列する人も都合が良い。1日に何件かお通夜が重なった場合*4でも、最初のお参り先は無理を言って一番に焼香させてもらい、次に回れば、そちらはすでに一段落していて早く焼香できるので、さらにもう1か所回れる。にもかかわらず、このスタイルは私の知る限り、和歌山市とその周辺でしかお目にかからない。なぜ全国に広まらないのか不思議なくらいだ。
 ただ、この方式に慣れると、普通のかたちの式が腹立たしく思えてくるから怖い。昨年8月に市内の寺で行われた葬儀は、参列者が座る席もなく、炎天下にずっと並ばされ、次々気分が悪くなる人が出た。あんな時は一般参列者から焼香させてくれないと、と不満に思ったが、寺の方は、せめて寺でやる葬儀ぐらいは正式な形でやりたかったのかもしれない。



*1 新聞社時代から葬儀にはよく行く方だった。昨年も新聞社時代の先輩の葬儀のため、休日に大阪と横浜に出かけている。
*2 式場外に並ぶ飾りは最近は減ったが、関東は花輪、関西は樒(しきみ)と異なっている。驚いたのは栃木県の葬儀で、花輪の代わりに缶詰やお菓子などが詰まったものが場外に並ぶ。
*3 神道の言葉を借りて直会(なおらい)とも言う。関西ではごく近い親族だけで通夜終了後に食事をするようだ。
*4 普通の人はめったにないが、私のような立場だと、しばしば起こる。実際にお通夜を3ヵ所回ったことは何度かある。 


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