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いちめんのなのはな
 新聞社に31年勤務し、そのうち26年間は記者だったので、当然のことながら?数限りない失敗を経験してきた。最初で最大のヘボは奈良支局で県警担当だった時代、1972年8月2日に近鉄奈良線急行電車内で起きた爆破事件*1の時、電車が停止した菖蒲池駅に一番で駆けつけ、まだ立ち入り禁止になっていなかった電車内に飛び込みながら、舞い上がってしまって現場をよく見ることができず、散乱していた粉ミルク缶の破片に気付かず、写真ばかり撮っていて、「ミルク缶に蚊取り線香を使った時限装置が仕掛けられ、バッグに入れてドア脇に置かれていた」という事件の筋を他社に抜かれてしまったこと*2である。
 紙面編集をする整理部門に移ってからもドジは多かった。大見出しで人名を間違えたり、絶対に触ってはいけない看板コラム「余録」を削ってデスクに始末書を書かせたり、520人が死亡した85年の日航ジャンボ機墜落事故のあと、続々集まってくる顔写真を1ページに割り付ける作業をしていた時、勘違いして全く関係ない顔写真を4枚載せてしまったとか、別刷り特集の欄外をよく確かめず、1年前の日付のまま印刷されてしまったこともある。
 こうした「うっかりミス」による失敗*3も情けないが、自分の教養のなさが招いた失敗はもっと恥ずかしい。89年にデスクになって、若い部員がつけた見出しを「おっ、いい見出しだねえ」とほめたり、「これはちょっと違うんじゃないの」と変えさせたりする立場になってから、採用しなかった見出しが実は素晴らしい見出しだったことに気づき、無知を悔んだことがある。今より少し前、菜の花が真っ盛りの季節になると、それを思い出す。
 どの新聞も面建てはほぼ一緒で、1面は総合ニュース、2面から10〜11面ぐらいまで内政、国際、経済、証券といったやや硬い記事が載る面が続き、その後には生活、スポーツ、地域ニュース、そして最終のテレビ面の前が社会面という構成である。そこで政治、経済国際といった前の方の面を硬派、社会面スポーツ面など後ろの面を軟派と通称している。
 93年2月、私が硬派のデスク当番だった日*4、写真部が1面用として東京・浜離宮で早くも菜の花が盛りという写真を持ってきたことがある。硬い話の多い1面だが、大きな政治の動きや事件のない休みの日は、ホッとするようなカラー写真を置くことがある。さあどんな見出しが付くか、1面担当記者の腕の見せどころである。その日の番は国文科出身の若い女性記者。彼女が出してきたのは「いちめんのなのはな」という見出しだった。
 恥ずかしながら、私はこのフレーズが明治・大正期の著名な詩人である山村暮鳥(1884〜1924)の「風景」という詩*4の大半を占める有名な言葉であることを露ほども知らず、「あまりにも当たり前で平板な……」と思って却下してしまったのだ。彼女の教養がにじみ出た名見出しを採用しなかった*5痛恨の失敗。このことを思い出すと顔から火が出る。
 
*1 1972年8月2日の午後2時25分ごろ、近鉄奈良線の菖蒲池〜学園前を走行中の大和西大寺発難波行き普通電車の3両目車内に置かれていたボストンバックに仕掛けられていた手製爆弾が爆発し、乗客26人が重軽傷を負った未解決事件。
*2 この時、大阪社会部から取材応援に来た1人が今をときめき大ジャーナリスト・鳥越俊太郎さんで、私のドジぶりにあきれていたのを思い出す。私はこの時以来事件トラウマになり、事件取材では抜かれ続けた。
*3 余録を削ったのは、うっかりミスとはいえない。デスクになってからも連載企画の回数を飛ばして載せたり、小説をダブらせてしまったりと、随分ミスをしており、「賞罰委員会」の処分も何度か受けた。
*4 「風景」は山村暮鳥の詩集「聖三稜玻璃」(1915年)に収められている。「いちめんのなのはな」というフレーズが7回繰り返され、「かすかなるむぎぶえ(1番)」「ひばりのおしゃべり(2番)」「やめるはひるのつき(3番)」と各1節だけが他の言葉、そして9節目はまた「いちめんのなのはな」となる。
寺島尚彦作詞作曲、森山良子らが歌う「さとうきび畑」の歌詞は「ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑」「ざわわ ざわわ ざわわ 風が通り抜けるだけ」「○○○○」「夏のひざしの中で」が11回繰り返され、「○○○○」の部分の歌詞だけが変わっていくが、それの原型のような詩の作りである。
*5 毎日新聞縮刷版で、その日の見出しを見たら、『春』の香り 運ぶ菜の花 という変哲もない見出しになっていた。私の無知の結果であり、読者にも当番の記者にも誠に申し訳ない気持ちだ。





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