明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

市民が主役



余談独談




金環日食

 5月21日の金環日食を見ましたか? 私はもちろん見ました。何しろ和歌山で金環日食が見られるのは、1730(享保15)年7月15日以来で282年ぶり、次は300年後というのだから、せっかくのチャンスを逃す手はない。いつもより少し出勤時間を遅らせて、自宅の庭から専用メガネでたっぷり見せてもらった。まさに「太陽の指輪」。感動的だった。
 前夜は雨。雨音を聞きながら「こりや、アカンだろうなあ」と思って寝てしまい、朝方、目を覚ましてすぐ空を見に行ったが、どんよりの曇り空。ウームとうなりながら、全国のようすを伝えるテレビを見ていたら、だんだん外の景色が明るくなってくるではないか。
 「ひょっとして見えるかも……」半信半疑で外に出てみると、雲の切れ間から、少し欠けた太陽が見える。まさに奇跡のような晴れ間の出現である。雲の切れ間は、幸いなことに、時間が経つに連れて大きくなり、午前7時26分55秒の金環食開始から、その3分48秒後の金環食終了まで、ずっとはっきり見ることができた。その後はまた雲が厚くなり、日中はずっと曇天だったのだから、金環日食時間帯の晴れ間はまさに天の配剤だった。
 なぜか私は、ちょうど1年前の5月22日、田辺市で開催された全国植樹祭の時に、天皇皇后両陛下が舞台にお入りになったとたんに雨がぴたりとやみ、50分後に式典が終わり、両陛下が退席されると、再び雨がポツポツ落ち始めたことを思い出した。なぜそんな連想になったのかは分からないが、世の中には不思議としか言いようのない現象があるのだ。
 今回の金環日食帯は、日本列島の南側を覆ったため、北は福島県から関東、中部、近畿、四国、九州南部の太平洋側全域と、栃木、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、熊本各府県の一部または全域という広範囲で観測できたが、いつもこんなに広域で見られるわけではない。例えば次に日本で観測できる金環日食は2030年6月1日だが、これは北海道でしか見えない。前回和歌山で見えた1730年の金環日食は、観測できる帯が今回とは逆方向の北西から南東に列島を縦断したため、近畿地方はほぼ全域カバーされたが、あとは中国地方の東部と四国の香川、徳島両県の一部でしか見えなかった。当時は「享保の改革」で知られる8代将軍徳川吉宗の時代で、紀州出身の吉宗はすでに将軍となって江戸にいたから、残念ながらこの金環食を見ることができなかったことになる。
 実は「金環日食が和歌山で見えるのは282年ぶり」というテレビなどでの報道に私は何となく違和感を持っていた。確か私が子どもの時に金環日食があった気がしたからである。よく調べてみると、1958年4月19日に鹿児島県のトカラ列島で金環日食があり、和歌山市でも金環に近い80%以上が欠ける部分日食を見ることができたのだった。当時私は小学校6年生になったばかりで、黒い下敷きを目に当てて日食を見た記憶は夢ではなかった。


5月21日朝、雲の間に見える金環日食。まさに「太陽の指輪」である=この写真は秘書課の職員が撮影したもので、私は何枚か試みたが、すべて失敗に終わった。


<back>

 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url