明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



余談独談




被災地と震災がれき

 6月6日に東京で全国市長会議総会などの日程*1を済ませた後、岩手県沿岸部の東日本大震災被災地である宮古市と山田町を訪問し、主に震災がれきの集積場所を視察した。
 宮古市は初めてだが、3年前まで和歌山市の財政局長だった総務省出身の名越一郎さんが副市長を務めている。山田町は、震災直後の保健師派遣や避難所運営支援以来ずっと職員を派遣している町なので、昨年も6月1日に訪問し、大津波と地震直後に発生した火災で、町中心部などの家が跡形もなくなっている姿に言葉もなかったことを覚えている。
 今回は東北新幹線で盛岡に行き、駅から一般廃棄物課の職員2人が同行、レンタカーでまず宮古を目指した。岩手県は面積15,279平方q。和歌山県の約3.2倍、北海道に次ぐ都道府県2位で、四国4県の総面積よりは狭いが、京都、大阪、兵庫3府県や紀伊半島3県(和歌山、奈良、三重)の合計面積より広い*2。中でも宮古市は平成の大合併で1260平方qになり、岩手県1位、東京23区の約2倍の面積を持つ広さ全国8位の市となった*3。
 盛岡駅から宮古市役所まで約100km。高速道もない山越えで、とにかく遠い。時折、がれきを詰め込んだコンテナを載せたトレーラーとすれ違うが、宮古市の中心部、海に近い所までの約2時間は地震の痕跡を思わせるようなところの全くない静かな風景だった。
 市役所を訪れる前に、まず宮古市北部の田老地区に行き、高さ10m、総延長2.4kmの「田老の長城」と言われた津波防波堤*4近くにある田老野球場を視察した。この野球場は津波でスタンドやフェンスがメチャメチャに壊れ、今は震災がれきの集積場になっていて、可燃物と金属やガラスくず、コンクリート片などを含む未分別がれきが山積みされている。
 市内には他にも藤原埠頭、宮古運動公園など4つの集積場があり、隣接の岩泉町の集積場にも仮置きしている。計6か所の集積場には3月末現在で約575,000tの震災がれきが集められた。このうち処理済みで運び出されたのは、わずか30,000t足らずだという。
 宮古市役所から山田町役場までは約26km。宮古−山田−釜石間のJR山田線は、震災後いまだ不通のままだ。1年前は町の至る所にあった震災がれきは集積場に集められているが、大津波と火災で失われた役場から海までの家並みは今も土台だけが残され、ところどころに仮設店舗が建っただけだ。がれきは町南部の船越地区、浦の浜海水浴場のある「家族旅行村」一帯に集められた。この地も大津波で破壊され、施設は使用不能のままである。
 人口が宮古市の29%、面積は21%しかない山田町*5だが、がれき量は359,000tで宮古市の2/3近い。静岡県の島田市などで試験焼却が行われているが、処理済みは24,000t足らずという。いずれの市町も処理は遅々として進んでおらず、住民の憩いの場ががれきに占拠されている状態が続いている。広域のがれき処理支援が必要なのは明白と思うが…。
 
*1 6日は午前中の全国市長会議通常総会前に、財団法人太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会の理事会に出席、午後は中核市市長会と全国特例市市長会の意見交換会に出席後、5月の中核市市長会総会で採択した国の予算に関する提言書を持って厚生労働・文部科学両省を訪れるなど日程がいっぱいだった。ちなみに、4日午後の定例記者会見直後に上京し、その夜から日程が続いていたので、岩手県入りは出張3泊目だった。
*2 数字は小数点以下四捨五入。3府県は京都府4,613平方q、大阪府1,899平方q、兵庫県8,396平方qで、合計は14,908平方q。紀伊半島3県は和歌山4,726平方q、奈良3,691平方q、三重5,777平方qで合計14,908平方q。ちなみに四国4県の合計面積は18,807平方qである。
*3 現在1,000平方q以上の市は21あり、面積最大は高山(岐阜)の2,178平方q、以下ベスト10は(2)浜松1,558(3)日光=栃木1,450(4)北見=北海道1,428(5)静岡1,412(6)釧路=北海道1,363(7)鶴岡=山形1,312(8)宮古(9)一関=岩手1,256(10)庄原=広島1,247。近畿で1位の和歌山県田辺市は1,027平方qで20位である。なお東京23区の合計面積は621平方qである。
*4 国内外からの視察者も多かった「田老の長城」だが、高さ18m以上の大津波に軽々と越えられ、一部は破壊された。ただ、津波の勢いを減じる効果はあったようだ。
*5 山田町は面積263.45ku、6月1日現在の人口は17,315人。宮古市の6月1日現在の人口は58,359人である。


宮古市北部の田老野球場に積み上げられた震災がれきの山

山田町役場から町の中心部を見渡すが、左奥の海岸にかけては、ほとんど土台しか残っていない状態のままだ

山田町南部・船越地区の家族旅行村。広大な「憩いの地」が震災がれきの分別場所になっている

被災地から盛岡に戻る途中すれ違ったがれき積載用のコンテナを載せたトレーラー。視察中に何台も見かけた。


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