亡くなったばかりの方を敬称略で表記するのは大変失礼な感じがするので、丸谷才一さん*1は今回「さんづけ」とさせていただく。ただし、他は敬称略でお許しいただきたい。 |
丸谷さんは毎日新聞書評委員会の事実上のトップとして長く活躍された。直接お話ししたことはないが、丸谷さんが中心になって毎日新聞の書評面を大刷新し、現在の「今週の本棚」を1992年に立ち上げた時、そのレイアウトづくりに私も少しだけだが関与したこともあり、パーティーなどで何度か丸谷さんのあいさつを聞いたことがある。ベストセラーとなった「挨拶はむづかしい」など、あいさつに関する著書が多数*2ある人だけに、そのスピーチは見事で、いつも決して長々とではなく簡潔に、肩の凝らない楽しい話をされた。しかしその内容は、実は毎回練りに練ったもので、必ず自分で原稿を作っていたという。 |
エラそうなことを書いた後で恥ずかしいが、実はそのころまで私は丸谷さんについての知識はほとんどなく、「挨拶はむづかしい」も読んだことはなかった。しかし、新聞社の女性論説委員を主人公にした小説「女ざかり*3」が吉永小百合主演で94年に映画化され、毎日新聞東京本社でロケが行われたので、「エキストラで同僚も出ている」のに興味があって映画館に行き、そのあと小説も読んだことから、ようやく丸谷作品と縁ができたのである。 |
私は、大学で日本史を専攻したものの、紛争真っ盛りの時代の学生生活で、授業をほとんど受けていないし、歴史と言っても関心は政治史に傾いていたので、江戸時代の文化にはまるで弱く、歌舞伎、能狂言、俳諧、文学、美術どれも知識がほぼゼロだった。ある時丸谷さんの「忠臣蔵とは何か」を読んで初めて歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の詳しい内容と背景を知ったというお粗末な私が言うのはおこがましいが、「仮名手本忠臣蔵」という歌舞伎が「怨霊鎮めのためのカーニバルとしての討ち入り」という考え方で作られたという説に感服したのを覚えている*4。それ以後、私は丸谷さんの本を数多く読むようになった。 |
日本語を愛し、歴史的仮名遣いを一貫して使用した丸谷さんだが、その文章は軽妙洒脱で分かりやすい。特にエッセーは文体も変幻自在で、ユーモアにあふれ、話があちこちに飛びつつ、見事に収束する。あちこちに飛ぶ余談の部分に丸谷さんの博識ぶりが披歴され、短いエッセーの一つ一つが読む者に新しい知識を与えてくれる。なるほど文章というものはこう書くのかと、いつも感心させられ、1冊読み終えるとまた次が読みたくなった。 |
私が好きだった「テロリストのパラソル」の藤原伊織*5や「影武者徳川家康」の隆慶一郎*6が亡くなった時、「もうこの人の作品は読めないのか」という寂寥感に襲われたが、丸谷さんの場合は小説も随筆・評論*7も未読が山ほどあり、当分読み続けられるのは私にとって救いだが、素晴らしい文才がもうおられないと思うと、誠に残念である。合掌。 |
|