明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役



余談独談




それから*1

 夏目漱石の有名な小説にまつわる話ではなく、ウンザリするようなあいさつ*2の話だ。
 職業柄、いろいろな場であいさつをしなければならないことも多いが、他の人のあいさつを聞く回数はさらに多い。多少長くても、ユーモアを交えた巧みな話術を駆使して「うまいなあ」と感心させられるスピーチや、訥々としていても、その人の人生観や生き方が伝わってくる話には引きつけられるが、色々な会合で同じ人から何度も同じ話を聴かされたり、行き当たりばったりでメリハリのない話*3がダラダラ続くのには閉口させられる。
 あいさつの時、私は4つほど心掛けていることがある。まず何より「簡潔に」である。長い話はどんなに上手でも喜ばれない。特に懇親会などの時は短く決めなければならない。通常は3分、長くても5分である。経験則から言うと、学校教諭経験者の話は長い。授業で1時間近く話すことに慣れているせいもあるが、私は、言わなければならないことをすべて言おうとすることと、話をまとめようとするのが長い原因だと思う。ノートを取って聴くわけではないから、まとめるよりポイントだけ話す方が伝わりやすいと思うのだが。
 ということで、2番目は「ポイントを絞る」だ。いくつものことを話すと必然的に長くなって収拾がつかなくなる。話が終わったかと思うと、「それから」と別な話に移り、また「それから」と他の話に入られると、聴く方はいつ終わるのかと不安になってくる。いくつかのテーマを話したい時は、「今日は3つ話したいことがあります」というように、最初に断るべきだ。3番目は冒頭にも書いたが、「同じ話をしない」ことだ。新年会や5〜6月の総会シーズンには、聞き手がほぼ同じメンバーの会合が続くことがある。そのどこへ行っても同じ話をする人がいる。聞き手は「あー、またこの話か」と思って白ける。上手なスピーチでもウンザリで、ましてや、上手でない同じ話を何度も聞くのは苦痛である。
 最後は「つかみ」のテクニックである。まず、あいさつする会合の正式名称を正しく言う必要がある。これを間違えたり、噛んだりすると、聴き手は「何や」と思って、あとの話を聞いてくれなくなる。次に数字。例えばその業界団体が東日本大震災の時に寄付してくれた義捐金の額を1円単位まで正確に言ってお礼の言葉を述べるといったことが、意外に聴き手には「おっ」という感じで受けとめていただける。そして、できれば少しユーモアを交える――これが大事だが難しい。よほど注意深くネタを選ばないとスベッて悲惨だ。
 大人気のまま終わったNHKの朝ドラ「あまちゃん」の前半で、潜水学科の教師・磯野心平(皆川猿時)が生徒たちに諸注意をダラダラと述べている時に、主人公天野アキ(能年玲奈)が余りの長さにぶち切れて「それから、それからって言うんじゃないよ。いつまでしゃべってるんだ。おらは忙しいんだ」と叫ぶシーンを見た。思わず拍手したくなった。
 
*1 このコラムは初見ではなく、「あいさつは難しい」というタイトルで他の場所に書いたものの焼き直しである。最近、既に「百歌自典」に掲載したものや、今回のような「焼き直し」が多いと感じておられる方がいたら、どうかお許しいただきたい。
*2 「挨拶」という漢字がどうしても好きになれないので平仮名を使わせてもらう。元々、「挨」も「拶」も、体をくっつけるとか、ぎりぎりまで近付くというような意味で、「身を寄せ合う」というのが本義という。SEXを連想させる熟語にも思えるが、漢字の成り立ちについて独特の解釈をする白川静博士(1910〜2006)によると、「挨」は「後ろから殴りつけて人を押しのける」ことで、「拶」は「他を押しのけて争う意味」だという。要するに、我先に、と人を押しのけて前に出るのが「挨拶」の原義なのに、日本語となって、なぜか人と人との礼儀のしぐさを言うように転じた。元々2つの漢字には良い意味がないことも嫌いな理由だ。長い間、「挨」も「拶」も「挨拶」という熟語以外の用例がないということで常用漢字外とされ、新聞などでは使われなかった。新聞社時代は取材記者が「挨拶」と書いてきても、「あいさつ」と直す立場だったこともあり、この漢字を見ると書き直したくなる。2010年11月末の内閣告示で他の194字とともに、挨も拶も常用漢字に追加されてしまったが、個人的には誠に不本意で、私のHPはコラムも日誌も「あいさつ」は今も平仮名だ。
*3 作家で文芸評論家だった故丸谷才一さん(1925〜2012)のことは、昨年10月のご逝去の後このコラムで書いた通り、「挨拶はむづかしい」「挨拶はたいへんだ」「挨拶は一仕事」の著書がある「あいさつの大家」だが、その丸谷さんが、スピーチを求められる会合に出る時は、必ず原稿を自分で作り、それを読んだという。その話の内容は簡潔でユーモアあふれるもので、とても感心した記憶がある。あるパーティーで他の来賓が原稿なしでダラダラとしゃべるのを聞いて丸谷さんが激怒したことがあったという話を何かで読んだ憶えがある。


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