明日  I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

市民が主役



余談独談




インフルエンザ

 不覚にもインフルエンザに罹ってしまい、新年度予算の市長査定を行う重要な時期に5日間自宅待機せざるを得なくなった。出席を予定していた様々な団体の新年会など*1もドタキャンとなり、職員はもとより、多くの市民の皆さんにも迷惑をかけた。ごめんなさい。
 元々あまり熱を出す方ではなく、12年の市長生活でインフルエンザに罹ったのは初めて。病気で役所を休むのは、椎間板ヘルニアの内視鏡手術をした時以来5年9カ月ぶりだった。
 思えば、きっかけは1月12日(日)朝の市消防出初式だった。毎年の恒例行事で、いつも寒風の中で行われるため、今年も万全の防寒対策をしなければと、ヒートテックにホカロンを何枚も張り付けるというかっこうで、午前9時過ぎに会場の砂の丸広場に着いた。
 風こそ余り吹いていなかったが、前日の雨のせいで地面がぬれていて底冷えする。地面から体の芯に冷たさがジワジワと伝わってくるような寒さの中、9時半式典開始。あいさつ、消防団や事業所の自衛消防隊、婦人防火クラブなどの参加部隊巡視、幼年消防クラブの鼓笛演奏、中消防署隊員による救出訓練、参加車両と舞台の分列行進、お堀端に場所を変えての放水演技、消防音楽隊によるミニコンサートと、野外の行事が約2時間半続いた。
 午後は市の成人式である「はたちのつどい*2」がビッグホエールで開催された。会場は少し寒かったが、この段階では異常はなく、終了後、予約していたマッサージに行き、夜は知人宅の新年会に行った。どうやらこの会合の途中からセキが出始めたようである。
 翌13日(祝)になると、セキが止まらず「こりゃ久しぶり風邪をひいた」と慌てたが、熱もないのでインフルエンザとは思わず、予定通り行動。14日朝、役所の診療所に行き、「熱はないけどセキが止まらない」と申告、薬をもらい、予算査定はじめ、夜の新年会も含め決まっていた日程をこなした。翌15日も普通に出勤し、一日中予算査定に当たったが、37度台の微熱が出てきたので、やや心配になり、3年前の秋から平日の昼間在庁時には欠かさなかったお城一周ウォーキングを初めて中止し、16日に予定していた日帰りの東京出張*3も断念することに決めた。夜の日程が2つあったが、どちらもアルコールには口をつけず中座して帰宅し、出張がなくなった翌16日は出勤せず自宅で静養することにした。
 ところが、16日午前、念のためにと近所の医者へ行って検査したところ、A型陽性の“判決”が下ってしまった。考えてみると、毎年11月ごろインフルエンザの予防接種をしていたが、昨年の秋は忙しくて時間が取れず、予防接種が受けられなかった。油断大敵である。
 それにしても、今のインフルエンザの検査技術は進んでいる。鼻孔から紙縒りのような細い検査キットを耳の近くまで突っ込み、しばらく待つだけで、陽性か陰性かの判定ができ、下の写真を見れば分かるようにインフルエンザの型まで判別できるのだから驚く。
 
*1 この5日間にキャンセルした新年会などの会合数は17もあった。
*2 和歌山市の新成人(1993年4月2日〜1994年4月1日生まれ)は3505人で、前年より171人も少なかった。
*3 東京で予定されていたのは中核市市長会の総務大臣懇談会だが、総務大臣懇談会と言っても、総務大臣本人は日程の都合で出席できないことが分かっており、総務省側のトップは副大臣だった。


「ブライトポックFLU」というインフルエンザの検査キット。検査後、中央右の窓のようなところのAの下に青線が現れ、A型陽性と判定された
<back>

 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談 / 志談 市談 私談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url