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土俵

 大相撲大阪場所のたびに話題になるのが、太田房江大阪府知事の優勝力士への知事賞授与問題である。真面目に考えて、こんなことが5回も続いているのは全く不可解な話だ。
 相撲というスポーツが神事と密接に関わる、伝統としきたりを重んじるものであるのは分かる。そして、日本の伝統思想には女性を「穢れたもの」とみる考えが根強くあって、仏教の世界にも受け継がれ、山岳仏教、修験道の聖地は江戸時代まで女人禁制のところが多かったのは知っている。しかし、これは単純な話、修行を積む場所に女がチラチラされては男は心が乱れて困るということだろうと思う。「男はスケベな生き物なので勘弁してくださいよ」と言うのは恥ずかしいので、「穢れ」とか、同性を嫌う「山の神」を持ち出して、もっともらしく責任を女性に押し付け、女人禁制を守ってきたのだろう。こういった、男の甘えを女性の責任にすり替えて正当化する風習は、欧米にもまだまだあるようだ。
 日本では、1872(明治5)年に、神社仏閣の女人禁制解除を求める太政官布告が出され、比叡山やわが紀州の高野山はじめ多くの神社仏閣が禁制を解いた。女性問題研究家の源淳子さんによると、4年後に東京で開く内国勧業博覧会に来日する外国人が京都を訪れ、夫婦連れで社寺を見学することを予測して、その妨げにならないよう「近代国家のメンツ」として女人禁制を解除したということである。しかし、太政官布告にもかかわらず奈良県の大峰山・山上ケ岳のように今も「女人禁制」を続けているところがある。
 女性の権利を主張する立場からは、こういうことすべてが問題だということになるし、私も、女性を頭から穢れたものと決め付けて締め出すことは、明らかな差別で許されないと思う。ただ、公の施設は別として、個人や法人が管理する場所のすべてを、管理者の考えを全く無視して、男女平等に開かなければならないと強制するのもどうかと思う。
 しかし、太田知事と大阪場所の話は、これとは別問題である。相撲協会は太田知事を土俵に上げたくなければ、「大阪府知事賞」を辞退すればいいのである。「賞はありがたく頂戴するが、本人が来るのは困る。代理にしてほしい」というのはいかにもムシが良すぎる。
私もいくつもの市長賞の授賞式に出席するし、日程の調整がつかなくて代理授賞ということもたびたびある。そういう時は後で受賞された方から「市長さんから直接もらえると思って楽しみにしてたのに、残念やったわ」と言われ、「日程が重なって申し訳なかった」と謝るのが常である。「ぜひ代理でお願いします」なんていう話は聞いたこともない。
 大阪府の方も、知事が来ては困ると言われたら「そんなら知事賞出すのはやめときまっさ」と断ればいいのに、貧乏な府がなぜズルズル5回も出し続けるのかが分からない。監査請求を受けるのは当然で、相撲協会は今からでも5回分の経費を返還すべきだと思う。

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