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ガリレオ


 8月8日、郵政民営化関連法案が参院で否決され、小泉総理は即刻衆院解散に踏み切った。解散直後の記者会見で総理が持ち出したのが、「それでも地球は動く」というガリレオの名言であった。この会見に「感動した」という人は多く、前日森前首相の説得に対して「私は殺されてもいい」と郵政民営化への強い覚悟を示したことと、この「それでも地球は動く」会見が総選挙圧勝につながったというのが大方の見方のようだ。
 揚げ足を取るつもりはないが、やはり誤りは正しておかなければならない。実はガリレオが「それでも地球は動く」と言ったというのは後世の創作だというのが定説である。ガリレオには伝説が多く、振り子の等時性を、ピサの大聖堂で天井からつるしたランプの揺れを見て発見したとか、落体の法則を、ピサの斜塔から重い球と軽い球を落として同時に着陸することを実証したといわれているが、これらのエピソードは弟子の創作らしい。
 ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)はイタリア人で、1608年にオランダで発明された望遠鏡を、翌年自分で作って天体観測を行い、木星の4大衛星を発見するなどして地動説が正しいことを確信し、それを異端とする修道士と論争、1616年に宗教裁判にかけられた。判決は無罪だったが、以後地動説を唱えないよう注意を受けた。同じ年ローマ教皇庁はコペルニクスの地動説を禁じる布告も出しており、ガリレオにとって決して安心できる状況ではなかった。だが1632年にガリレオは、地動説派と天動説派の対話形式の「天文対話」という解説書を発表、翌年「二度と地動説を唱えないとの誓約を破った」として再び宗教裁判にかけられた。「1616年の判決は無罪で、誓約などしていない」というガリレオの主張は退けられ、終身刑を言い渡された。ガリレオは地動説を捨てることを宣誓して自宅軟禁に減刑になったが、死ぬまで散歩のほかは外出も禁じられた。
 ガリレオが宣誓の直後に「それでも地球は動く」とつぶやいたという説はガリレオが死んですぐ語り伝えられるようになったが、彼がもし裁判直後に人に聞こえるようにつぶやいたとすれば、太陽が夜空に輝く恒星の一つだと主張を貫いた修道士ジョルダノ・ブルーノー同様、間違いなく火あぶりになったはずで、少なくとも自宅軟禁という減刑はありえなかっただろう。インターネットのフリー百科事典Wikipediaによると、1643〜45年にスペインで「それでも地球は動く」という文字がついた鎖にガリレオがつながれている絵が描かれているそうだ。ガリレオは投獄されたわけではないので全くの創作だが、この絵やガリレオびいきの科学者の思いが、今に語り継がれる「伝説」を作ったようだ。
 小泉総理は自らをガリレオになぞらえたが、私には郵政民営化に反対した議員こそガリレオに見える。この選挙結果では「それでも郵政民営化反対」とはとても言えないだろう。

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